花言葉のない一本

笹倉日和は、友人の結婚式が終わったあと、会場の花を片づけるのを手伝った。幸せな一日だった。だからこそ帰りの電車を思うと、胸の奥が少しだけ冷えた。

二十九歳。恋人はいない。親から届いた「次は日和かな」というメッセージには、笑う絵文字を返した。誰にも嘘はついていない。ただ、祝う気持ちの隣にあるものを、見せなかっただけだ。ブーケトスの案内では靴紐を結ぶふりをして列から外れた。写真撮影で「次は日和ね」と言われるたび、誰より早く笑った。帰宅すれば、テーブルには昨日の郵便物しかない。日和は一人の暮らしを嫌っているわけではなかった。休日の朝に好きな音楽を流し、予定を変えても誰にも謝らなくてよい。それでも幸せを祝う場所では、自分の満足を説明する言葉が急に頼りなくなる。足りないものがある顔をしないよう、笑顔だけを先に出していた。

花屋の女が、卓上装花から傷んだ花を抜いていた。四十代の千景は、茎の曲がった桃色のラナンキュラスを一本、捨てる箱へ入れかけて止めた。

「花をもらう予定がない日は、誰が買うんです?」

日和は質問の向きを測りかねた。

「自分で、ですか」

「明日じゃなくて、今日。帰りに一本だけ買って。花言葉は調べないこと」

「意味が悪かったら?」

「知らなければ、今日は何も悪くない」

千景はそれ以上言わず、曲がった花を水へ戻した。

会場を出ると、駅前の花屋は閉店しかけていた。日和は一度通り過ぎた。自分のために花を買う人は、暮らしに余裕がある人だと思っていた。部屋には小さなコップしかなく、明日は朝から仕事だ。

それでも十歩ほどで戻った。

店先に、茎の曲がった黄色いチューリップが一本だけ残っている。値引きの札がついていた。店員に花の名前を聞き、意味を検索しそうになって、スマートフォンを鞄へしまう。

薄紙に包まれた一本を受け取る。電車では潰れないよう、胸の前で持った。結婚式帰りの客が花を持っていても、誰かにもらったように見えるだろう。

日和は包みを鞄に隠さなかった。曲がった茎を見えるほうへ向けたまま、改札へ入った。