苺味の答案
槐叶子の学校では、正解すると舌に苺の甘さが広がった。間違えると、焦げた薬のような苦味が残る。感覚報酬AIのおかげで学習意欲は上がり、いじめも居眠りも減った。子どもたちは甘味を求めて、教師が望む答えを素早く覚えた。
叶子は理科の授業で、「植物は光の方向へ伸びる」と答えた。甘かった。けれど教室の隅の鉢は、窓とは反対へ曲がっていた。根元に置かれた暖房器具のほうへ伸びている。叶子が指摘すると、教師は「例外は試験に出ません」と言った。舌に強い苦味が走った。
それ以来、叶子は観察したことより、甘くなる言葉を選んだ。作文では家族はいつも仲良し、歴史では勝者はいつも正しい。百点を取るほど、自分の考えは味のないものになった。
卒業試験の朝、全校生徒の感覚端末が故障した。どの答えにも甘味も苦味も来ない。教室は混乱し、泣き出す子までいた。叶子だけは、あの鉢植えを思い出した。
問題は「幸福な社会に必要なものを一つ答えよ」。教科書の正解は「秩序」だった。叶子は答案に「間違えても口の中が苦くならないこと」と書いた。
端末故障は、卒業生の誰かが仕組んだものだった。学校は犯人を探したが見つからなかった。叶子は不合格になり、名門校への推薦を失った。
不合格を知った母は、叶子の端末を修理し、翌年の再受験を命じた。叶子は従ったが、甘味が戻ると吐き気がした。正解するたび、自分の舌が教師へ頭を下げるようだった。彼女は夜間学校へ移り、味の報酬を受けない大人たちと学んだ。そこで初めて、同じ問いに三つの答えが並び、どれにも点が付かない授業を経験した。進路は遠回りになったが、考える時間だけは自分へ戻った。
十年後、彼女は感覚報酬を使わない学習塾を開いた。子どもが間違えると、小さなラムネを一粒渡す。正解しても同じものを渡す。
「どっちでも甘いの?」
「考えたからね」
窓辺の鉢は、光ではなく暖房へ向かって曲がっていた。叶子は直さず、そのまま教材にした。