落としたスプーンの音

隣室では、よくスプーンが落ちる。

 金属が床へ当たり、細かく跳ね、最後に止まる。週に二、三度。食事中なのか、洗い物の途中なのか、古賀には分からない。しばらくすると水道が流れ、換気扇の回転が一段強くなる。

 古賀はその音を聞くたび、拾う人の動作を想像した。

 椅子から立ち、テーブルの下へ手を伸ばし、少し埃のついたスプーンを洗う。たぶん、それだけだ。落とした理由を反省文にしたり、二度と落とさない置き方を考えたりはしない。

 古賀の台所には、縁の欠けた白いボウルがあった。

 三日前に流しへぶつけたものだ。ひびはないが、小さな欠けが指へ引っかかる。買って半年の食器を傷つけた自分が嫌で、ゴミ袋へ入れた。けれど捨てる日まで目に入るのが落ち着かず、袋の底へ新聞紙で隠していた。

 午前一時、雨が窓を叩き始めた。空気清浄機のファンが強くなり、表示灯が青から橙へ変わる。古賀は眠れず、台所の照明を点けた。

 壁の向こうで、今夜もスプーンが落ちた。

 かしゃん。二度跳ねて止まる。

 少し間があり、向こうから小さな笑い声が聞こえた。誰かといる笑いではなく、自分の失敗に呆れたような、一息だけの声だった。

 古賀は物を壊すたび、疲れていたことや手が濡れていたことより、『丁寧にできない自分』を原因にした。欠けた器を見るたび、その判定まで繰り返していた。けれど隣の笑い声は、判定の前に夜を先へ進めていた。古賀はゴミ袋から白いボウルを取り出した。新聞紙を外し、欠けたところを洗う。怪我をしないよう、指で何度か確かめた。捨てるほどではない。完璧ではないだけだった。

 ヨーグルトを入れ、スプーンを添えて机へ運ぶ。途中で手が滑りそうになり、両手で持ち直した。

 隣では水道が流れ、換気扇が回っている。さっきのスプーンも、きっと洗われてまた使われる。

 古賀は欠けた部分を向こう側へ隠さず、自分の方へ向けた。明日捨てるかもしれないし、このまま使うかもしれない。今夜決めなくていい。

 一口食べると、スプーンが器へ小さく触れた。失敗の音ではなく、ただ夜食を食べる音だった。