落選箱の狸編集者
絵本作家を目指す会社員は、不採用通知を段ボールへためていた。
三十七通。
応募するたび、
「今度で最後」
と決め、次の話を描いた。
ある夜、落選原稿を資源ごみへ出そうとすると、箱の中から丸眼鏡の男が現れた。
背広の裾から縞の尾がのぞいている。
学生時代、会社員は道路で動けなくなった狸を毛布へ包み、山の診療所まで運んだ。
男はその狸だった。
「捨てると決めた作品しか、読めません」
狸編集者は名刺を差し出した。
肩書は「落選箱担当」。
一作目を読み、
「主人公が善良すぎて、眠い」
二作目には、
「絵はきれい。話は説教」
三作目は途中で寝た。
「恩返しに来たんじゃないの?」
「嘘を褒めるのは、敵の仕事です」
腹を立てながら、会社員は最新作を渡した。
母を亡くした子どもが、町の動物へ食事を配る話。
自分では一番よく描けたと思っている。
狸は最後まで読み、原稿を箱へ戻した。
「これは読めません」
「読んだでしょう」
「捨てると決めていない」
図星だった。
不採用になれば傷つくので、応募前から「失敗作」と呼んでいただけだった。
「何が悪い?」
「母親がいなくなった理由を、動物が全部説明してくれるところ」
「子ども向けだから」
「子どもは、分からないことを大人より長く持てます」
会社員は、自分の母が亡くなったとき、周囲から何度も、
「天国で見ている」
と言われたことを思い出した。
見ているか分からない、と言えなかった。
だから物語の子どもへ、納得できる答えを全部与えていた。
二人で終盤を描き直した。
動物たちは理由を教えない。
代わりに、一緒に夕食を食べる。
子どもは悲しいまま、翌朝の餌を用意する。
夜明け前、狸編集者は原稿の隅へ赤い丸を一つ描いた。
「合格?」
「狸の食事としては」
「出版は?」
「人間へ聞いてください」
男は箱へ潜り、狸の姿で裏窓から逃げた。
落選原稿は一枚も持っていかなかった。
会社員は最新作を応募した。
結果は落選だった。
ただし編集者から、
「別の作品も読みたい」
と手書きの一文があった。
三十八通目を箱へ入れず、壁へ貼った。
落選した事実を隠さず、次の作品を描くために。
狸はその後も来ない。
会社員は原稿を捨てる前に、自分へ尋ねる。
本当に終わった作品か。
傷つく前に失敗作と呼んでいるだけか。
恩返しでもらったのは採用ではない。
自分がまだ手放していない物を、落選箱へ隠さず差し出す勇気だった。