薬指の所有者

生体認証機器の試験員である二十七歳の守屋敷倫也は、研究用アプリ「指契り」を自分の端末へ入れた。北陸の婚姻習俗《指迎え》を再現し、五本の指紋から相性のよい相手を探すという名目だった。

古い聞き書きでは、嫁を迎える家が人差し指から順に墨を押し、薬指だけ最後に空欄へ置いた。先に薬指を押すと、人ではないものとの縁が成立する。

アプリの規則は具体的だった。

《右手の薬指を、人差し指より先に読み取らせてはいけない》

倫也は独身で、相性診断を信じてはいない。センサーの精度確認だけをするつもりだった。

ところが試験端末の人差し指部分に亀裂が入り、読み取りエラーが続いた。作業表には五指すべてのデータが必要とある。順番は迷信にすぎないと判断し、正常な薬指を一度だけ先に押し当てた。

〈契りを受理しました〉

画面の薬指に、見覚えのない細い指紋が重なった。相手の氏名欄は空白、関係欄だけが〈所有者〉になっている。

倫也はアプリを停止した。しかし右薬指では、自分のスマートフォンが解除できなくなった。代わりに、触れていない端末が机の上で次々に解錠された。試験室のロッカー、電子金庫、退職者の古い携帯までが、誰かの指を待っていたように開く。

監査ログには同じ記録が並んだ。

【認証者】配偶者

【指紋】右薬指

【入室人数】二名

試験装置から相手側の指紋を照合すると、百年前の村誌に載る花嫁の拇印と一致した。嫁入り当日に行方不明となり、婚家の井戸だけが七日間温かかったという女性だった。データ取得時刻は現在。取得端末は、倫也の右薬指そのものと表示されている。

彼が指を曲げると、皮膚の内側から別の指が同じ形に曲がった。

帰宅すると、玄関に女物の濡れた靴跡があった。部屋には誰もいない。婚姻届作成アプリが勝手にインストールされ、相手欄は指紋模様で塗り潰されている。

倫也は端末の生体情報から右薬指を削除しようとした。

〈この指紋を削除する権限がありません〉

直後、家族情報サービスから通知が届いた。

〈新しい配偶者との共有を開始しました〉

画面下部の普段の確認文だけが、妙に優しかった。

〈所有者の許可なく、家を離れないでください〉