薬箱の開発者
保健委員会の集まりで、藤代森佳菜恵は子ども用の薬箱を見て鼻を鳴らした。
「市販品で十分でしょう。うちの主人、製薬会社の営業本部長だから、新薬のことなら詳しいのよ」
水穂ヶ原玲奈子が、夫は研究職だと話すと、佳菜恵は同情するように笑った。
「研究所って出世が遅いんでしょう? 営業本部は会社を動かす側だから」
健康教育の日、佳菜恵の夫・小田巻雅俊は会社のロゴ入りスーツで来校した。妻は彼を〈次期役員〉と紹介したが、雅俊は困った顔をした。
「僕は東日本営業部長だ。役員候補と決まったわけではない」
続いて製薬会社の代表と、子ども用医薬品の開発責任者が入場する。
水穂ヶ原玲奈子の夫・水穂ヶ原秋惟だった。
秋惟は同社の創業者兼代表取締役で、小児用の苦味を抑えた薬を開発した薬学者でもある。研究室へいる時間が長いため、玲奈子は夫を単に「研究職」と説明していた。
佳菜恵は薬箱を落としそうになった。
「雅俊、社長と同じ会社なの?」
「毎月、社長へ営業報告を出している」
授業では、秋惟が子どもたちへ薬を勝手に飲まないこと、値段や新しさではなく、医師と薬剤師の指示を守ることを話した。
佳菜恵は自分の息子が模試で学年一位だと話題を変えた。だが息子本人が、小テストの点を母に書き換えられたと泣き出した。九十八点を百点とSNSへ載せられ、友達から嘘つきと言われていたのだ。
玲奈子の娘は順位こそ三位だったが、薬を飲み忘れる祖父のために色分け箱を作り、学校の福祉賞を受けていた。
秋惟はどちらの子も比べず、息子へ言った。
「九十八点は、直す場所が二つ分かる立派な点数だよ」
雅俊は妻の投稿をその場で完全に削除させて、会社の役職を使った無料サンプル要求についても正式に謝罪した。
新しい薬箱へ〈開発協力・児童委員会〉の札が付けられ、雅俊が社長へ深く頭を下げた瞬間、夫の営業成績と子どもの百点で人を測っていた佳菜恵だけが、顔面蒼白で二つの書き換えられない順位を見た。