蜜を売った瓶だけ
花谷の養蜂家は、空の巣箱まで隠していた。
旧来の「蜂税」は巣箱一つにつき銀粒二つ。女王蜂が死んだ箱も、冬越し用の予備箱も同額だ。税を恐れた者は予備を壊し、病気が出ても群れを移せず、谷の蜂は年々減った。
領主代理アニカが最初に見たのは、焼かれる新品の巣箱だった。
「なぜ使う前に燃やすのです」
「数えられる前に消すんだ」
老養蜂家の返事に、アニカは徴税人の数え棒を火へ投げ入れた。
新しい規則は、売った蜜二十瓶につき一瓶分の銅貨。
家で食べる蜜、冬越し用、薬師へ無償で渡す分には課さない。市場で瓶に封印紙を貼る時だけ数え、封印番号と税額を広場の板へ記す。税収は花の種と蜂病の共同薬に半分ずつ使う。
「巣箱百個の金持ちが、自家用だと言えば?」
若い養蜂家が問う。
「売らなければ税は零。その代わり収入も零です。売った瓶は買い手の封印番号と照合します」
「役人が種を高く買ったふりをしたら?」
「買値も店名も書きます。もっと安い店を知っている人は、その場で訂正してください」
秘密の余地がないほど単純だった。封印紙は一枚ずつ色が違い、去年の紙を使い回すことも、徴税係が架空の瓶を足すこともできなかった。
春、焼かれずに残った予備箱へ新しい群れが入った。市場には蜜が増え、二十分の一でも薬代が十分集まった。
アニカが花畑を作る人夫を募ろうとすると、谷の者たちはすでに鍬を持っていた。
「種は税で買った。植える手まで税で買う必要はない」
老養蜂家が言う。
「強制ではありませんよ」
「蜂は誰の畑の花か区別しない。なら俺たちも、自分の列だけ植えるのはやめだ」
養蜂家だけでなく、果樹農家や薬師も加わった。花粉が増えれば実りも薬草も増えると分かっていたからだ。
夏の初め、共同花畑に最初の青い花が咲いた。
アニカは税の板の隣に小さな標札を立てる。
『箱には課さない。売れた甘さを、花へ返す』
読み終えるより先に、一匹の蜂が標札へとまり、それから青い花へ飛んだ。谷じゅうの巣箱から、低く豊かな羽音が応えた。