行けなかった街の地図
鴻上祐樹、井沢冬花、庄野泉美の卒業旅行は、出発前夜に中止になった。泉美が前夜に高熱を出し、航空券は変更不可。熱が下がった翌日、三人は大学の空き教室に集まり、プロジェクターへ目的地の地図を映した。
「一日目、ここで朝市」と冬花がレーザーポインターを動かす。
泉美は毛布にくるまり、机に突っ伏した。「生牡蠣、食べたかった」
祐樹がコンビニのおにぎりを三つ並べた。「代わりに海苔がある」
笑ったあと、誰も次の予定を読まなかった。窓の外では、旅行鞄を持つ学生が駅へ急いでいた。
祐樹が画面を見たまま言った。「俺、留学する。秋から二年」
冬花がポインターを止めた。「商社は?」
「辞退した。向こうで都市計画をやる」
泉美が咳の合間に聞く。「帰ってくる?」
「たぶん」
「たぶん禁止」と冬花。「私は地元の信用金庫。ここから電車で四十分。たぶん一生いる」
祐樹が「冬花らしい」と言うと、彼女はポインターを机へ置いた。
「それ、褒めてないよね」
泉美は毛布の中から封筒を出した。「私は卒業しない。来年、医学部を受け直す」
二人が同時に振り向いた。
「四年間は?」
「無駄にする。無駄にしたかったって、自分で決める」
地図には三人が歩くはずだった海岸線が青く表示されていた。実際の三人は蛍光灯の下で、冷えたおにぎりを食べた。予約サイトからは《旅はいかがでしたか》という通知が届いた。冬花は星を一つも付けず、画面を閉じた。旅に行けなかったことより、同じ未来へ行けないことを、誰も残念とは言わなかった。
夕方、冬花が共有旅程表を開き、未消化の予定に一つずつ取り消し線を引いた。朝市、水族館、展望台、最後の夕食。
「卒業式後の打ち上げは?」と祐樹。
泉美が「予定が合えば」と答えた。
教室を出る時、プロジェクターだけが消されず、無人の黒板へ地図を映し続けた。三人の現在地を示す印は同じ場所に重なっていたが、登録された目的地はすべて削除されていた。
机の上には、泉美が使うはずだった搭乗券が三枚、切り離されないまま残った。