被告人の十年
御巫剛志は、判決の前に十年を差し出した。
飲酒運転で大学生を死なせた。刑法改正後、加害者は被害者遺族へ寿命を譲渡すれば、量刑を軽くできる。遺族が受け取らなくても、差し出した事実は「生命による償い」として評価される。
法廷で検察官が契約書を読み上げた。
「被告人は予測寿命七十六歳から十年を控除し、遺族・小坂部貴和氏へ贈与する意思を示しています」
傍聴席の貴和は立ち上がった。
「要りません」
裁判長が制止しても、彼女は続けた。
「息子の二十二年は戻らない。この人が六十六で死ねば、何が同じになるんですか」
剛志は顔を伏せた。十年を渡せば、少しは苦しみを引き取れると思っていた。だが貴和には、自分の死まで管理させるだけだった。
判決は懲役八年。寿命譲渡は不成立となった。
服役中、剛志は毎年、貴和へ手紙を書いた。謝罪ではなく、十年をどう使うべきか尋ねる手紙だった。返事はなかった。
六年目、初めて封書が届いた。
〈あなたの十年は受け取りません。ただし出所後、毎年一日、息子の命日に交通事故の遺族会で椅子を並べてください。十年で十日です。逃げずに座ってください〉
剛志は出所後、約束を守った。
一日目、誰も口を利かなかった。二日目、遺族の一人に殴られた。三日目、事故を起こした別の若者が泣き崩れ、剛志は何も言わず隣に座った。
十日目、貴和が紙コップの茶を渡した。
「終わりました」
剛志は首を振った。
「十年を差し出したつもりでした。でも使ったのは十日だけです」
「残りはあなたが生きるんでしょう」
「それが怖いです」
貴和は冷たく答えた。
「怖がって生きてください。早く死ぬより面倒ですから」
剛志はその後も毎年来た。償いが減ることはなく、赦されもしなかった。予測寿命の七十六歳を越えた年、彼は会場の椅子を一脚増やした。
新しく来た加害者のためだった。
寿命を売れば、罪に終値をつけられる。貴和が拒んだことで、剛志の人生には終値がなくなった。
彼は最後まで、使い道を問われる十年を生きた。