記憶を売った宝箱

収集家ダリオンの競売で、最後の品だけは台座が空だった。

「古王朝の宝箱に化ける擬態魔族。中身も箱も、一度に所有できます」

合図とともに、赤髪の魔族メルカが金縁の大箱へ姿を変えた。蓋の裏には真鍮の所有札。命令に逆らうたび内部へ宝石を一つ生成し、その代わり記憶を一つ失うため、箱には名品と一緒に彼女の過去が積み上がっていた。落札者が紋を打てば、彼女は永遠にその人の宝を守る。

王立博物館の学芸員アストは、寄付金をすべて使って落札した。

「博物館もついに生きた金庫を持つか」とダリオンが笑う。

搬入後、アストは展示室を閉め、箱の蓋を開いた。内部は空で、奥に小さな声だけが響く。

『紋をどうぞ』

「命令される前の名前は?」

『覚えていません。この箱に入っていたはずですが、売られました』

「打たない」

『では旧所有者の命令が残ります。明朝、私は自分を焼却します』

「札を外せば?」

『蝶番と心臓が同じ金具です』

アストは真鍮札を観察した。四隅の釘は確かに脈打つ。だが所有者の紋を読むのは中央の薄板だけだった。

彼は博物館の修復用へらを差し込み、薄板を一枚ずつ剥がした。ダリオンの紋、前所有者の紋、その前の紋。何十人分もの名前が魚の鱗のように重なっている。

最後の一枚を剥ぐと、箱の姿がほどけ、メルカが床へ転がり出た。心臓の金具は傷ついていない。

「出口は正面。夜警には話してある」

「展示品を逃がして、あなたは処分される」

「君は展示品ではない」

メルカは何も言わず、夜の街へ消えた。

翌朝、ダリオンが私兵を連れて博物館へ来た。所有札を返せと展示棚を荒らし、古代王の冠へ手を伸ばす。

その冠が突然、鋭い歯を生やして彼の指へ噛みついた。

メルカだった。彼女はすぐ人の姿へ戻り、盗品になっていた収蔵品を一つずつ元の棚へ置く。

「自由なら、なぜ戻った」

「街中の金庫を見た。どれも金貨しか入っていなかった」

彼女は新しい展示札をアストへ渡す。そこには自分で書いた文字があった。

――メルカ。擬態魔族。所有物ではなく、収蔵品を守る寄託者。

「ここには千年前の物語が入っている。私は、それを誰にも売らせたくない」

剥がされた所有紋が、掃除箱の底で音もなく反り返った。