詰まりは一つずつ
「詰まりは、一つずつ取ります」
旧王都の下水清掃員ドゥランは、どれほどひどい現場でも急がなかった。
布切れ、油の塊、錆びた硬貨。長い鉤棒で引き寄せ、種類ごとに籠へ分ける。若い水路技師マイカは、その悠長さに何度も苛立った。
「中央渠が止まれば、東区が水浸しになります。まとめて流せませんか」
「まとめると、見えないところでまた詰まります」
二人が最深部へ着いたとき、水面が逆向きに盛り上がった。
石壁を割って、白骨の大蛇《渠喰らい》が頭を出す。百年前の戦場で死んだ兵の骨を取り込み、地下水を腐らせる魔物だ。巨体が通路を塞ぎ、背後では汚水がみるみる高くなる。
マイカは避難鐘の紐を引いた。湿気で膨らんだ鐘は鳴らない。
渠喰らいが顎を開く。歯の間から、錆びた剣や兜がのぞいた。
ドゥランは鉤棒の先を外した。中から細長い刃が現れる。刃というより、よく研いだ銀の物差しに見えた。
「大きいのが一つ、ですね」
彼は水の流れに沿って、一度だけ刃を走らせた。
大蛇は斬られたことに気づかず、二人を呑もうと進む。だが次の瞬間、骨の継ぎ目が端から順に外れ、頭から尾まで百の輪となって水面へ落ちた。核だった黒い椎骨だけが、中央で正確に二つに割れている。
《水脈ほどき》。川を濁らせず軍船だけを沈めた剣聖の技だ。マイカの祖父が語った名も、確かドゥランだった。
清掃員は骨を回収網へ入れ、腐った水へ浄化剤を撒いた。崩れた壁の穴には補修板を当て、床の粘液を砂で吸う。最後に、魔物の腹から出た布切れと油塊と硬貨を、きちんと三つの籠へ分けた。
淀んでいた空気も動き、遠くの排水口から朝市の鐘がかすかに届いた。東区の住民は、床下で町が一度救われたことを知らずに朝を迎える。
水位が下がり、中央渠は音を立てて流れ始める。
「全部、一太刀で終わったじゃないですか」
「魔物は一つでしたから」
ドゥランは何事もなかったように鉤棒を戻した。すると排水口の隅で、まだ小さな布切れが揺れている。
彼は腰を屈め、冒頭と同じ言葉を繰り返した。
「詰まりは、一つずつ取ります」