謝罪は一度しか使えない
雁金博人が中学時代の同級生・波多野淳へ電話できたのは、一度きりだった。
自死した人への死者回線は、遺族の希望で一回に制限される。生者が答えを求め続け、死者へ責任を押しつけるのを防ぐためだ。
博人は四十歳になっても、淳をいじめたことを忘れられなかった。靴を隠し、机に落書きし、笑う側にいた。同窓会では誰もその話をせず、淳の名だけを「懐かしいね」と安全な思い出に変えた。そのたび、博人は黙って酒を飲んだ。淳が亡くなったのは卒業から十五年後で、直接の理由は知らない。それでも、自分のしたことが一本の細い傷として残り続けたのではないかと思った。
接続前、謝罪文を十枚書いた。
「淳、本当に悪かった。許してほしい」
受話器の向こうで、淳はしばらく黙った。
『その言い方、便利だね』
「便利?」
『許すかどうかを僕に決めさせて、許されなかった苦しみまで僕のせいにできる』
博人の手が震えた。
「じゃあ、どうすればいい」
『それも僕に聞くの?』
用意した言葉がすべて役に立たなくなった。
淳は一人の名前を挙げた。戸祭玲名。博人たちが淳をからかうとき、隣で笑わずに黙っていた女子だ。止めなかったことを今も悔やみ、同窓会にも来ないという。
『死んだ僕に謝る前に、生きてる人と話したら』
残り時間は十秒だった。
「俺を許さない?」
『今の僕には、許した先の人生がない。だから、その言葉を使う場所を間違えないで』
回線は二度とつながらなかった。
博人は玲名を探し、会いに行った。彼女は謝罪を聞いたあと、「私はあなたを安心させるために会ったんじゃない」と言った。さらに、自分も淳へ一度電話したが、許しを求めず近況だけ話したと明かした。博人はうなずいた。
その後、博人は地元の学校でいじめ相談のボランティアを始めた。善人になったつもりはなかった。過去と帳尻が合うとも思わない。
相談室で「謝れば許してもらえますか」と尋ねる子がいると、博人は答えた。
「謝ることと、許されることは別だよ。別だから、謝ったあともすることがある」
淳との一度きりの通話は、博人を軽くしなかった。
軽くならないまま歩く方法を教えた。