象牙の印環

暁の平原で、百頭の戦象が鎖を鳴らしていた。

象軍将ナイラ・デーヴィは、親指の印環を外した。白い象牙に、跳ねる虎が彫られている。ヴィラージ王の軍令印だった。

王は朱の天幕から出ずに命じた。

「敵の柵へ突っ込ませろ。前にいる農民も踏み潰せ」

反乱軍は徴税に耐えかねた村人を柵の前へ立たせていた。盾ではない。王軍に家族を殺させ、その光景を兵へ見せるためだ。汚いやり方だった。

王は、それより汚かった。

「象が怯めば、酒を飲ませよ。御者が拒めば斬れ」

「柵の後ろには落とし穴があります」

「象ごと埋めれば橋になる。騎兵を渡せ」

ナイラは印環を握った。象牙は汗で滑った。この環を授かった日、王は「獣は命令を疑わぬ」と笑った。ナイラは、疑わないのは獣ではなく人だと今になって知った。

この虎印を粘土板へ押し、各象隊へ配れば進撃となる。印がなければ、御者は王命と認めない。五年前、王が兄を毒殺して即位した朝も、ナイラは同じ印を押した。王国のためだと思った。王国という言葉は、血から目をそらすのに便利だった。

侍従が粘土板を差し出す。

「お早く。王がお待ちです」

ナイラは印環を押した。虎の姿がくっきり残る。

ただし、外側の虎ではない。

昨夜、彼女は印環の内側を削り、伏せた象を彫った。古い象兵の符牒で、「御者を守り、王旗へ向け」という意味だ。王は印の表しか見ない。権力者は、内側に何が刻まれているか考えない。

侍従は板を持って走った。百人の御者が印を確かめる。やがて前列の老象が膝を折った。

王の天幕から怒声が上がる。

「なぜ進まぬ!」

ナイラは外側の虎印を指にはめ直した。

敵将からの約束はない。反乱軍が勝てば、自分も王族として処刑されるだろう。それでよかった。王を倒すのに、次の王になる必要はない。

ヴィラージ王が天幕を飛び出した。朱の大傘がその頭上に開く。

「ナイラ、進撃を命じろ!」

「すでに命じました」

御者たちが一斉に鉤棒を右へ倒す。

百頭の戦象が立ち上がり、敵の柵ではなく朱の大傘へ向けてゆっくりと巨体を回した。