赤いイヤーモニター

〈左右非対称〉の四人は、解散ライブまで一度も同じ伴奏を聴いていなかった。

ボーカルの伊折京介が気づいたのは、最後の一曲の直前だった。自分の黒いイヤーモニターが故障し、舞台袖に落ちていた赤い予備を拾った。装着した瞬間、ドラムのクリックだけでなく、ギター担当へ送られているはずの指示が聞こえた。

――京介はサビを走る。合わせるな。

マネージャーの声だった。

結成から六年、四人は互いを身勝手だと思ってきた。京介には「ベースが遅い」、ベースには「ドラムが無視している」、ドラムには「ギターが解散を望んでいる」と、別々の指示が送られていた。口論が増えるたび、マネージャーは「音楽性の違い」を記者へ話した。

最後の曲〈同一波形〉が始まる。

「同じ曲を聴いて」

イントロで京介は赤いモニターをギターへ渡し、ギターは青いものをベースへ回した。Aメロのあいだに四人は一つずつ交換する。初めて、他のメンバーが何を聞かされてきたか知った。

京介の耳には、自分の声を半音低く加工した悪口が流れた。

――あいつらとは早く終わりたい。

言った覚えはない。だが他の三人は何年も、それを本人の隠し録りだと信じていた。

「同じ曲を聴いて」

サビで四人はイヤーモニターを外し、床へ置いた。会場の生音だけを頼りに演奏する。最初はずれた。六年分の人工的な遅延が身体に染みついていたからだ。それでもドラムが呼吸を見て、ベースが肩の動きへ合わせ、ギターが京介の吸気を待った。二度目のサビで、四人の音は初めて同じ拍へ重なった。

マネージャーが舞台袖からクリックを上げる。四色のイヤーモニターが床で鳴り、それぞれ異なる命令を客席へ撒いた。加工された悪口、孤立させる指示、契約更新を焦らせる脅し。すべて配信に乗った。

最後の一音を四人が同時に切ると、会場は完全な無音になった。

京介はメンバーへではなく、証拠を聞いた観客へ言った。

「同じ曲を聴いて」

仲直りして一つの音楽を続けようという願いではない。四人を別々の現実へ閉じ込めた者がいたことを、全員が同じ記録で確認するための証言だった。