赤い傘を駅へ

皆川珠緒の叔母は、赤い傘を駅へ返してほしいと言った。

「北口の忘れ物窓口。柄に白い傷があるって言えば分かるから」

傘は叔母の玄関に三か月も立てかけられていた。雨の日、駅の傘立てから自分のものと間違えて持ち帰ったらしい。翌週返すつもりが入院し、退院後は歩けなくなった。

「もう処分してもいいんじゃない?」

「借りたまま死ぬの、落ち着かない」

叔母は冗談のように言い、息を整えるため目を閉じた。珠緒は笑えなかった。

外は晴れていた。赤い傘を差さずに持ち、駅まで歩く。日傘の人々の間で、濡れてもいない長傘は目立った。柄には確かに白い擦り傷があり、留め具の糸が一本だけ伸びている。

叔母は傘を間違えた日、病院の検査結果を聞いた帰りだった。自分の紺色の傘を駅へ残し、よく似てもいない赤を持ち帰った。珠緒は当時、そんなに動揺していたのなら仕方ないと言ったが、叔母は「持ち主には関係ない」と譲らなかった。

北口の忘れ物窓口で事情を話すと、係員は古い記録を検索した。

「三か月前ですと、保管期限が過ぎていますね」

「じゃあ、持ち主には戻りませんか」

「届け出があれば照合できますが、今のところ該当はありません」

係員は傘を開き、内側のタグまで調べた。名前はない。珠緒は叔母へ電話して確認しようとしたが、画面に表示された時刻を見てやめた。今は眠っているはずだった。

珠緒は傘を抱え直した。返せないなら、叔母の頼みは終わらない。係員は少し考え、駅の善意傘に寄付する方法を教えた。急な雨の日に、誰でも借りられる傘立てだという。

北口の外に、小さな木製の傘立てがあった。「ご自由に。次の人のためにお戻しください」と書かれている。中には透明傘が四本と、骨の曲がった紺色の傘が一本。

珠緒は赤い傘の留め具を外した。返す前に、一度だけ開く。晴天の下で赤い布が丸く広がり、足元に濃い影を作った。

骨に錆びはない。穴もない。まだ何度も雨を防げる。

珠緒は傘を閉じ、伸びた糸を指で内側へ押し込んだ。白い傷のある柄を手前に向け、善意傘のいちばん端へ差した。

傘立ての底に先端が当たり、軽い音がした。