赤子の瓶を百本煮た朝
王立孤児院では、赤子の泣き声が日ごとに弱くなっていた。
乳母は足りていた。山羊乳も新鮮だった。それでも哺乳瓶で育てる赤子だけが腹を壊し、ひと月で八人が亡くなった。院長ヴェルナは「親の加護がない子は弱い」と言い、転生者の美月を墓穴掘りへ回した。
美月が疑ったのは、乳ではなく瓶だった。使った現代知識は一つ。哺乳瓶と乳首を、使用後に煮沸すること。
透明な瓶は水ですすがれ、濡れたまま籠へ積まれていた。美月は大鍋を借り、分解した瓶と乳首を沈めた。沸く湯から取り出した後は、内側に指を入れず、清潔な布の上で乾かす。
「瓶まで料理する気?」
乳母頭は呆れた。
それでも美月は、夜泣きの合間に瓶を一本ずつ分解した。底に残った白い膜、乳首の穴に詰まった乳脂。水ですすいだだけでは見えにくかったものが、湯の中で浮かび上がる。乳母たちは黙って柄杓を持ち、二鍋目から手伝い始めた。
美月は洗っただけの瓶と、煮沸した瓶へ同じ乳を入れた。翌朝、前者には酸っぱい膜が浮き、後者には甘い乳の匂いが残った。院長は魔法だと疑ったが、美月の魔力は測定不能ではなく、正真正銘のゼロだった。
それから七日間、百本の瓶を毎朝毎晩煮た。腹を壊した赤子は一日平均十二人から、三人、一人、ゼロへ減った。二週目、体重皿の針は二十四人全員で右へ動いた。夜の泣き声も、弱い呻きではなく、乳を求める力強い大合唱になった。
王妃エレノアが視察に来た日、院長は新薬の成果だと説明しようとした。だが薬棚の記録は、使用量が三分の一に減ったことを示していた。
赤子を抱いた乳母が言う。
「変えたのは、この鍋だけです」
王妃は一本の瓶を光へ透かした。曇りも乳膜もない。次に、美月の泥だらけの墓掘り札を見た。
「亡くなる子が減ったのに、あなたはまだ墓を掘っているのですか」
院長の顔から血の気が引いた。
王妃は孤児院の全鍵を美月へ渡し、勅命書を開く。
「本日より院長を交代します。赤子の瓶を守った手で、この家のすべてを守ってください」
大鍋の蓋が鳴ると、百本の瓶が朝日を返した。