迷子タグが押した停車ボタン

《保護者用の見守り映像が全体公開になってるぞ》

《白石灯矢、研修生なのに環状迷宮の運転席?》

《ブレーキ故障を演出して目立つ企画じゃないよな》

 端末更新の不具合で、保護者一人だけに届くはずの映像が公開配信へ切り替わった。

 研修用地下列車は制御を失い、環状迷宮を最高速で走っている。前方の線路では《軌道百足》が鉄橋を食いちぎり、千本の脚をレールへ絡めて待ち構えていた。

 車内には見学中の研修生四十人。白石灯矢は最後尾で、子ども用の黄色い停車ボタンを見上げた。

 見守り画面には、母から《席を離れないで》という通知が届いていた。教官は前方車両で手動制動を続け、仲間たちは床へ座って衝撃に備えている。灯矢の技能は「乗り物遊びにしか使えない」と笑われ、実技試験では一度も採点対象にならなかった。

《橋まで残り八百メートル》

《機械ブレーキ応答なし》

《非常転移は運行中だと座標が定まらない》

 教官が「押しても無駄だ」と叫ぶ。

 灯矢は首を振った。

「停まらないんじゃない。ここが停留所じゃないだけです」

 黄色いボタンを一度、押した。

 車内に柔らかな音が鳴る。

【次、終点です】

 窓の外から速度が消えた。列車が減速したのではない。線路、鉄橋、軌道百足、周囲の岩盤までが後方へ流れ、代わりに安全な地上駅のホームが前から近づいてきた。

 列車はいつもの到着音とともに停車する。扉が開き、四十人が明るいホームへ降りた。最後に窓の外を流れてきた軌道百足だけが、終点の車止めへ激突して沈黙した。

《迷宮側を動かした?》

《技能記録:《停留所指定》。乗り物ではなく「次に停まる場所」を現在地へ呼ぶ》

《地上駅の座標は固定されたまま。環状迷宮が八キロ折り畳まれてる》

《研修生四十名、負傷ゼロ!》

 灯矢は見守り端末に気づき、画面の向こうの母へ小さく手を振った。

「ただいま。予定より早く着いた」

《早いの意味が違う》

《研修生が終点を召喚した》

《保護者参観で災害級攻略を見せるな》

ホームで待っていた保護者たちは四十人を一人ずつ抱きしめた。教官は無駄だと言った黄色いボタンの前で帽子を脱ぐ。

《車両損傷ゼロ、乗客の転倒もゼロ》

《地上駅の監視映像に列車が予定外入線する瞬間を確認》

 灯矢の母だけは泣きながら、「次は普通の時間に帰って」とコメントした。

 鉄道迷宮局の公式運行情報が書き換わった。

【遅延:なし】

【特記事項:白石灯矢による路線一括救助を認定】