退出しました
〈ハウス灯台・退去連絡〉
参加者:伏見琴葉、巣山敬介、野上匠
18:02 琴葉
電気、今日で停止。冷蔵庫のブレーカーだけ下げないで。
18:07 敬介
もう全員出たのに?
18:08 琴葉
匠の荷物が残ってる。
18:21 匠
今夜取りに行く。
三人が同じ画面で話すのは九日ぶりだった。匠は就職先の内定を失ってから、寝室へ鍵をかけるようになった。琴葉は奨学金でベルリンの舞台学校へ行く準備をし、敬介は地元の消防署の採用試験に受かった。祝いの通知が続くたび、匠の返信は短くなった。
18:35 敬介
次、どこ住むんだ。
18:44 匠
フェリー。
18:45 琴葉
何それ。
18:50 匠
貨物船の調理補助。神戸と門司を往復する。住み込み。
19:01 敬介
料理できたっけ。
19:03 匠
三人の中では一番。
琴葉は、鍋を焦がした回数なら匠が一番だった、と打ちかけて消した。内定を失った理由を、二人は聞いていない。会社の経営悪化なのか、匠の何かなのか。聞けば慰める責任が生まれる気がして、退去作業の連絡だけを続けてきた。
20:12 琴葉
敷金、三等分でいい?
20:14 匠
俺の家賃遅れた分、引いて。
20:15 敬介
いいよ、もう。
20:16 匠
よくない。
20:18 琴葉
よくないって言えるなら、もっと早く言ってよ。
既読は二つ付いた。返信は来なかった。
21:43 匠
いま家。
21:44 匠
俺の部屋、机いらない。捨てて。
21:46 敬介
明日、粗大ごみ間に合わない。
21:48 匠
じゃあ置いてく。
22:02 琴葉
原状回復費、増える。
22:05 匠
俺の敷金から引いて。
22:07 敬介
金の話しかできなくなったな。
午前零時を過ぎ、匠が机の写真を送った。天板には三人で決めた生活当番が油性ペンで残っている。〈月・琴葉 水・敬介 金・匠〉。途中から誰も守らなくなった表だった。
00:18 匠
もう出る。
00:19 琴葉
フェリー、気をつけて。
00:20 敬介
またな。
野上匠がグループから退出しました。
その直後、冷蔵庫の温度異常を知らせる自動通知だけが届いた。参加者二名の画面に、家の警告が同時に表示される。琴葉は停止手続きを開き、敬介は何も送らなかった。机の写真には空いた椅子が一脚あり、匠が退出したあとも、そこだけが返信を待っていた。