透明な王様

地方劇団の看板俳優は、王様役を二十年続けていた。

台詞を変え、間を伸ばし、客席が笑うまで舞台を離れない。

演出家は「自由すぎる」と言ったが、人気があるので誰も強く止めなかった。

衣裳部から渡された新しいマントは、王冠を外している間だけ着ている者を透明にした。

初日の休憩中、俳優は面白がって王冠を置き、舞台袖を歩いた。

若い役者たちが話している。

「今日も台詞、三つ増えた」

「合わせる方は地獄」

「でも私が噛んだとき、自然に拾ってくれた」

「助かるけど、ずっとあの人の舞台になる」

俳優は腹を立てた。

自分は皆を生かしているつもりだった。

客が喜ぶよう、間を埋め、失敗を助け、拍手を集めてきた。

舞台係まで言った。

「王様が何でもできるから、ほかの役が成長しないんだよ」

透明な俳優は、仕返しに次の場面で誰も助けず黙ってやろうと思った。

後半、若い役者が本当に台詞を忘れた。

客席が静まる。

いつもなら王様が冗談で埋めるところだ。

俳優は口を開きかけ、閉じた。

若い役者の顔を見る。

相手は震えながら、別の言葉を探していた。

「王様は、何でもご存じなのでしょう」

台本にない台詞だった。

俳優は答えた。

「知っているふりが、得意なだけだ」

客席が笑う。

若い役者も笑い、そこから自分で物語へ戻った。

終演後、拍手はいつもより短かった。

俳優の見せ場が減ったからだ。

それでも楽屋へ戻ると、若い役者が深く頭を下げた。

「助けないでくれて、ありがとうございました」

「普通は逆だろ」

「自分で戻れました」

翌日の稽古で、俳優は透明マントを皆の前へ置いた。

盗み聞きしたことを白状し、

「言いたいことを、私が見えているうちに言え」

と頼んだ。

批判は舞台袖で聞いたより多かった。

笑いを待ちすぎる。

拍手の途中で芝居を止める。

若手の台詞へかぶせる。

俳優は王冠を握りしめ、途中で何度も反論した。

それでも次の公演では、相手の台詞が終わるまで一拍待った。

その空白に、若い役者の声が客席の奥まで届いた。

透明な王様でいるより、見える脇役になる方が難しかった。

だが舞台全体へ起きた拍手の中には、自分一人では作れない温度があった。