通訳が黙った日

境界樹ギルドの交渉には、いつもタシェルがいた。

鬼人が唸れば怒っているのではなく喉が渇いたと訳し、鉱山小人が机を叩けば拒絶ではなく値引きの合図だと伝えた。剣を抜かずに済んだ交渉は武勲にならず、貢献度は二%だった。

遠征長セロドは、部族との停戦祝いで杯を掲げた。

「言葉など飾りだ。相手が従ったのは、俺たちの武力を恐れたからだ」

タシェルは静かに杯を置いた。翌朝、通訳契約の終了を告げられても、異議を唱えなかった。

やがて境界の部族から使者が来た。使者は槍を横に置き、掌を見せ、短い言葉を告げた。

セロドは勝ち誇って笑った。

「降伏だそうだ。鉱道を明け渡すと言っている」

タシェルの代わりに雇われた通訳も、顔色をうかがって同意した。遠征隊は鉱道へ進んだ。

だが横たえた槍は降伏ではなく、通行禁止の印だった。掌を見せるのは、地下から来る災厄に武器が効かないという警告。鉱道の奥から、岩を泳ぐ巨獣が迫った。

逃げ場を失った隊の前へ、部族の戦士たちが現れた。セロドは攻撃命令を出しかける。

その間へタシェルが立った。彼女は使者から事情を聞き、別の言葉を返した。戦士たちは槍を地へ刺し、巨獣を眠らせる低い歌を始める。遠征隊は歌の間に脱出できた。

帰還後、セロドは不機嫌に椅子へ座った。

「戻るなら、俺の言葉を正しく訳せ。余計な判断はするな」

タシェルは首を振った。

「正しく訳してほしいのは、相手の言葉ではなく、自分の都合でしょう」

外交記録核が開き、流血へ至らなかった交渉、交易へ変わった対立、誤解の前で止まった刃を照らした。武力の勝利とされていた場面には、すべてタシェルの声があった。

部族の使者は広間へ戻り、セロドではなくタシェルへ深く頭を下げた。彼女が話していたのは敵ではなく、何度も境界を守ってくれた隣人だった。遠征隊の者たちは、自分たちが恐れられて従わせたという物語の薄さを知った。

タシェルは、新しい交渉規程へ武器を卓上へ置かないこと、通訳の警告を指揮官が黙殺できないことを記した。

「言葉は戦いの飾りではありません。戦いを始めないための技術です」

《対外折衝・真正査定》

旧評価 二% → 真値 九十五%

総合貢献順位 首位:タシェル

役職更新 通訳係 → 外交代表

遠征長セロド → 交渉中発言権なし