通路側の北欧行き
青葉の手元には、片道航空券の予約画面と、式場の解約明細があった。
研究機関の採用通知は、北欧の港町から届いた。契約は二年。亮との結婚式は三か月後で、招待状も発送済みだった。赴任日は、その翌週。式だけ挙げて出国する案もあったが、亮は遠距離の結婚生活を望まなかった。
「行くなら、結婚はしない」
昨夜の電話で、亮は静かに言った。
青葉はひどい人だと思った。応援すると言ってくれなかったことではない。決断の残酷さを、彼がはっきり形にしたからだ。
スマートフォンには二件の通知が残っている。航空券は〈購入まで残り十八分〉。式場は〈解約料のお支払いへ〉。どちらを先に押しても、もう一方の未来が消える。
発送前の招待状は、玄関の紙袋に百通近く残っている。採用先から届いた荷物一覧は、スーツケース二個までと書かれていた。持っていけない紙の重さを数えるほど、出国は現実になった。
二十九歳になる年に婚約を失えば、次はないかもしれない。二年後に帰国したとき、友人たちは先へ進み、自分だけが港町の成果を抱えて立っているかもしれない。その想像は、採用された喜びより鮮明だった。
それでも、行かなかった自分を思うと、亮の隣で少しずつ彼を責める姿が見えた。亮が止めたから。結婚を選んだから。そう言いながら、選んだのは自分だという事実から逃げ続ける。
青葉は婚約指輪を外さなかった。外せば決断が完成する気がし、つけたままなら戻れる気がする。そのどちらの演出にも逃げたくなかった。
残り十二分。
青葉は式場の解約画面を開き、金額を確認した。貯金の半分近い額だった。招待した人への連絡も、自分でする必要がある。
解約理由の選択肢に〈仕事都合〉があった。青葉はそれを選ばず、〈本人都合〉へ印をつけた。
決定ボタンを押すと、白い会場の写真が消えた。
次に片道券を購入する。座席指定では、窓側と通路側が青く表示された。亮はいつも通路側を選び、青葉を窓側へ座らせた。
青葉は初めて、自分で通路側を選んだ。二年後に戻る約束も入力せず、発券された片道券を保存した。