遅刻した公爵を待たない

ロザリンは、婚約者候補ベネディクトを二時間待った。最初の面談で遅刻を許し、次は誕生日、その次は婚約発表、最後には結婚式当日まで待たされた。彼は現れず、破談の責任だけが彼女の気難しさにされた。

雨の中で倒れたロザリンが目を開けると、最初の面談日の応接室だった。

十二時を示すひび割れた懐中時計。冷めた珈琲。執事は前と同じ台詞を言う。

「もう少々、お待ちくださいませ」

一度目の彼女は二時まで座っていた。今度は時計の蓋を閉め、手袋をはめる。

「約束の時刻は正午です。少々は、もう終わりました」

「公爵令息には急なご公務が――」

「面談相手へ知らせる五分もない方に、私の一生を預けません」

ロザリンは婚約申込書へ署名せず、予定どおり十二時一分に部屋を出た。廊下の先から、花束を抱えたベネディクトが走ってくる。

「待て。たった一時間じゃないか」

まだ一時間しか遅れていないことを、彼は謝罪より先に誇った。前の人生では、その滑稽さに気づけなかった。

「あなたにとって小さな一時間でも、私の一時間です」

「僕との婚約を断れば、次はないぞ」

ロザリンは笑った。前回の人生で彼の領地経営を立て直した知識がある。次がなくても、自分の仕事は作れる。

ベネディクトは花束を床へ投げ、「女が仕事を選ぶのか」と吐き捨てた。その一言で、遅刻より深い問題まで自分から明かしてくれた。ロザリンは返事をせず、踏まれた花だけを避けて歩く。

その会話を、隣室から出てきた王立商会長エドガーが聞いていた。彼は面談用の資料を拾い、表紙の収支改善案に目を止める。

「これはあなたが?」

「公爵家へ提出する予定でしたが、不要になりました」

「ならば王立商会で聞かせていただきたい。十三時の枠は空いています」

ロザリンは即答した。

「伺います」

背後でベネディクトが、初めて焦った声を上げる。

「僕が選ばれる側だったのか?」

受付端末から《婚約面談・成立》の通知が来るはずの時刻。表示されたのは別の予定だった。

《王立商会・特別顧問面談 十三時》

ロザリンは待たずに、次の扉を開けた。