配達完了、猫一匹
宅配便の運転手、津々見亮は、一日に百回ほど「お届け物です」と言う。
扉の向こうから「待ってました」と声が返ることもある。けれど自分の部屋へ帰れば、受け取る人も、渡すものもない。制服を脱ぎ、電子レンジの音を待つだけだった。
雉白の猫は、アパートの宅配ロッカーの上にいた。
亮が帰ると目を開け、荷物を持って階段を上がる住人を見送る。翌日も、その翌日も同じ場所にいた。
「お届け先はどちらですか」
冗談で訊くと、猫はロッカーから降り、亮の部屋までついてきた。
扉を開けても入らない。閉めようとすると前足を挟む。
「受け取れってこと?」
猫は短く鳴いた。
近所へ尋ね、動物病院で診てもらい、迷い猫の届けを出した。預かり札に名前が必要だと言われ、亮は「受領」と書いた。
獣医師が少し笑った。
「判子みたいですね」
「毎晩、受け取りを迫るので」
受領は、亮が帰る時刻を覚えた。
玄関の鍵を回す前から内側で走る音がし、扉を開けると足元へ転がる。制服の裾を嗅ぎ、靴の箱に頭を突っ込み、最後に胸へ前足を当てる。
「はい、本人確認」
亮が抱き上げると、受領は鼻を顎へ押しつけた。
ある繁忙期、亮は帰宅しても床へ座ったまま動けなかった。
再配達が多く、階段を何度も上り、最後の客には遅いと叱られた。夕飯を温める気力もない。
受領は餌を食べ終えると、台所へ行き、また戻ってきた。二度、三度と往復し、亮の袖を噛んで引く。
「俺の分も出せって?」
冷蔵庫には、昨夜の野菜スープが残っていた。
鍋を火にかけると、玉葱と胡椒の匂いがゆっくり戻った。亮が食卓へ座るころ、受領は向かいの椅子を占領している。
「本日の配達、全部完了しました」
猫は目を細めた。
「俺も無事に届きました」
今度は喉が鳴った。
飼い主は見つからず、受領は正式に亮の荷物になった。もちろん、返品期限はない。
休日、亮が昼まで眠ると、受領は胸の上で丸くなった。重いが、どかす理由はなかった。
窓から差す光に、猫の髭が白く透ける。台所には温め直したスープの香りが残り、静かな部屋に、誰かを受け取ったあとのぬくもりが満ちていた。