金庫を見ないカメラ
そのカメラは、金庫だけを見ていなかった。
地方銀行の支店で、保管庫から一千万円が消えた。天井の監視カメラは扉と通路を映しているが、金庫の正面だけ、梁の影で完全な死角になる。死角を知る行員は三人。映像には若い窓口係が閉店後に入室する姿が残っていた。
床には札束を縛る紙帯が一枚落ちていた。印刷された整理日は、なぜか来月の日付だった。支店長は、印字機の設定ミスだと言った。
金庫前の埃も不自然だった。重い現金箱を動かしたはずなのに、薄い埃には靴跡も引きずった跡もない。支店長は、清掃直後だったのだろうと答えた。
窓口係は、死角の位置を知らなかったと主張した。しかし彼女はカメラを一度見上げ、ためらわず金庫前へ進んでいる。支店長は、それが何よりの証拠だと言った。
窓口係の机からは、死角の位置を鉛筆で描いたメモも見つかった。支店長は決定的だと言ったが、紙の裏には本部監査役の筆圧が残っていた。窓口係は前日の防犯研修で、指示された場所を写しただけだった。証拠らしいものが、どれも用意されすぎていた。
私は落ちていた紙帯を水に浸した。インクがにじみ、中から「研修用」と印刷された文字が現れた。現金箱も調べると、重量センサーの記録は一度も変化していない。
「一千万円は、最初から入っていなかったのですね」
本部監査役がうなずいた。
支店では半年前から少額の現金不足が続いていた。内部の誰かが死角を利用している疑いはあったが、カメラを動かせば犯人に気づかれる。そこで本部は、架空の大口入金とカメラの死角に関する噂を、三人へ別々の言い回しで伝えた。
窓口係が聞かされたのは「梁の真下」。彼女はそこへ確認に来ただけだった。支店長にだけ、「金庫の正面なら絶対に映らない」と伝えていた。
私は別室の映像を再生した。支店長は事件発覚前、誰にも教えられていないはずの角度でカメラを見上げ、金庫正面へまっすぐ立っていた。ポケットから過去の不足分を記した裏帳簿を取り出し、処分しようとしている。
そのカメラは、金庫だけを見ていなかった。
だが一千万円を守るために設置されたのでもない。
存在しない金を餌に、死角を知っている者を歩かせるためのカメラだった。