銀糸衣装の破れ目
王妃生誕舞踏会の朝、エルネシア・ドゥーラ公爵夫人は、仕立屋サリュネ・パールが運んだ銀糸の礼装を床へ投げた。
「縫い目が裂けたわ。こんな粗悪品に金貨百枚など払えるものですか」
裂け目は胸元から腰まで一直線だった。夫人は集まった侍女の前でサリュネを泥棒呼ばわりし、納品保証金まで没収すると告げる。
「今夜までにもう一着作りなさい。無償で。できなければ工房を閉じるわ」
サリュネは裂けた布を拾った。切り口は鋭く、縫い糸ではなく生地そのものが断たれている。
「破損報告書へ、発見時の状態をご記入ください」
「責任逃れね」
エルネシアは〈試着前から自然に破損。仕立屋の技術不足。公爵家に損害なし〉と書き、署名した。右手には、封書を切るための黒曜石の指輪刃が光っていた。
サリュネは礼装の裾を持ち上げる。
銀糸には一本ごとに仕立組合の検品魔法が通されている。納品後に刃物が触れると、切断した道具の形が破れ目へ青く残る。鏡を当てると、細い三日月形の刃と、指輪内側の公爵家紋が浮かび上がった。
「そんなもの、誰かが私の指輪を使ったのよ!」
「では、試着室の記録鏡も確認しましょう」
王宮衣装監が壁の鏡へ鍵を差した。舞踏会用衣装の試着室は、宝石紛失を防ぐため、入退室と手元だけを保存する。映ったのは、支払い額を聞いた夫人が顔をしかめ、侍女を外へ出し、自ら指輪刃で礼装を切る場面だった。
さらに彼女は鏡へ向かい、〈破れたことにして無償で二着目を作らせる〉と独り言まで残していた。
侍女たちが一斉に目を伏せる。だが今度はサリュネからではなく、公爵夫人から距離を取るためだった。
衣装監は、夫人が署名した破損報告書と記録鏡の映像を重ねる。虚偽申告の文字が赤く燃え、保証金没収命令はその場で灰になった。
サリュネは破れた礼装を畳んだ。王妃のための一着は、別箱に無傷で用意してある。夫人が切ったのは、最終検品用の同型見本だった。
衣装監が近衛兵へ向き直る。
「エルネシア・ドゥーラ。器物損壊、代金詐取未遂および職人への強要の容疑により、王宮司法局は貴殿の拘束を命じる」