鐘が鳴るまでの授業

「鐘が鳴るまで、席に着け」

黒砦監獄の更生教室で、ローデン・アッシュは囚人に文字を教えていた。乱暴者が机を蹴っても怒鳴らず、折れた鉛筆を削り、書けない者には指で線をなぞらせる。かつて剣を握ったようには見えない、片脚を引きずる老教師だった。

殺人罪で服役する青年ヴァシュは、その日初めて「謝罪」という字を書けた。鐘まであと一分。教室の鉄扉の影が盛り上がり、斧を持つ黒い刑吏となった。

断罪侯。罪を悔いた者だけを殺し、その魂を餌にする魔族だ。監獄の結界は悪意を防ぐが、処罰の姿をした怪物までは拒めない。

『勇者よ。罪人を守るのか』

ローデンは短くなった鉛筆を持ち上げた。

「授業の邪魔だ」

鉛筆の先が机を一度叩く。

断罪侯の巨大な斧が中央から裂けた。怪物自身も遅れて二つに分かれ、黒い紙片になって床へ散る。聖剣を失ったあと鉛筆一本で魔王の首を落とした男にとって、裁きの亡霊は誤字より軽かった。

囚人たちは全員、書き取りに顔を伏せていた。見たのはヴァシュだけだ。

ヴァシュには、断罪侯が自分を狙った理由が分かっていた。昨日までの自分なら、悔いた者だけを殺す怪物には見向きもされなかった。ようやく書けた「謝罪」の一語が、死刑宣告になったのだ。それを守ったローデンは、罪を消したわけではない。ただ償おうとする時間を奪わせなかった。青年は初めて、明日まで生きて続きを書くことを望んだ。

ローデンは紙片を集めて暖炉へ入れ、床の煤を濡れ布で拭いた。鉄扉に残った傷へ黒蝋を塗り、影の形まで元に戻す。鐘が鳴る前に教卓へ戻り、何も知らない看守へ出席簿を渡した。

「先生、俺みたいなのを、どうして」

ヴァシュの声は震えた。

ローデンは彼の紙を裏返し、「謝罪」の字の横へ丸をつけた。

「守ったんじゃない。授業を終わらせただけだ。続きを書け」

青年は座り直し、初めて宛名を書いた。鐘が鳴る。怪物のいない明日も、この手紙の続きは書ける。

老教師は鉛筆を置き、いつもの厳しい声を戻した。

「鐘が鳴るまで、席に着け」