鐘楼より高い足場

「魔力ゼロなら、落ちる間くらい祈ってみろ」

執行官は神谷蓮司の背を押し、王都一高い鐘楼の縁へ立たせた。

蓮司が異世界へ来た場所は王宮の空中庭園だった。

侵入者として捕らえられたが、庭園を支える浮遊石に亀裂があると告げると、今度は王家を脅した罪が加わった。処刑方法は墜落。地上には見物人が集まり、宮廷魔術師たちは落下速度を賭けている。

鐘が正午を打つ。

足枷をつけられた蓮司は、空へ突き出た板の先まで歩いた。

そこで能力が開いた。

《空白足場》

誰の領地でもない空間を、一度だけ自分の足場として確定する。

飛ぶ力ではない。

けれど地面が必要だと、誰が決めたのだろう。

執行官が槍の柄で突いた。

蓮司は鐘楼から落ち、風に衣服を叩かれながら能力を使った。

空中で、足が止まった。

透明な床が王都の上へ広がる。

一歩踏み出すごとに光の輪が生まれ、蓮司は地上ではなく、鐘楼より上へ階段を昇った。足枷は重さに耐えられず砕け、その破片だけが遥か下へ落ちていく。

空に隠されていたものが、透明な足場に触れて輪郭を現した。

王都全体を覆う巨大な魔法陣。中央には、民から吸い上げた魔力を浮遊石へ送る管が走っている。亀裂は鐘楼ではなく、王宮の真下まで伸びていた。

宮廷魔術師長が遠見鏡を向ける。

鏡面には《所有不能領域・面積測定不能》と表示され、直後に水晶が白く砕けた。

さらに雲の上から、伝説の天鯨が姿を現す。

城より大きな生物は、これまで王家の飛空騎士さえ近づけなかった。だが天鯨は蓮司の作った透明な床へ腹を預け、静かに目を閉じた。空そのものが彼の道を認めたようだった。

「捕らえろ!」執行官が叫ぶ。

誰も動かなかった。

蓮司はすでに弓も魔法も届かない高さに立っている。それでも逃げず、亀裂の走る王宮を見下ろしていた。

空軍総帥が鐘楼の観覧席で立ち上がり、帽子を脱ぐ。

続いて魔術師長も杖を横へ置いた。

墜落を待っていた群衆は、いつしか全員、空を仰いでいた。

処刑台より高い場所に立つ蓮司を、落ちる者の目ではなく、空の主人を見る目で。