閉鎖日の保守作業
データセンター会社の外注費決裁で、杣谷奏太は設備保守会社の夜勤技術員として、十二月三十一日の緊急点検報告を確認するよう呼ばれた。請求額は六千万円。冷却設備四十台を終日点検したという。
作業完了書には、奏太の会社名、現場責任者の署名、施設側の受領印がそろっていた。
奏太は日付を見て首をかしげた。そのデータセンターは十二月二十九日から一月三日まで、受電設備交換のため全面閉鎖されていた。入館許可証も全て停止され、外部業者は入れない。
発注元の管理部長は、特別許可で入れたと説明した。
奏太は入退館サーバーを開いた。三十一日の入館者はゼロ。作業車両のゲート通過もなく、冷却設備の遠隔監視ログには点検停止の記録が一件もない。四十台は通常運転を続けていた。
完了書の現場責任者名は奏太の上司だったが、上司はその日、家族旅行で北海道にいた。航空券の搭乗記録と、午前十時の空港写真まである。署名は前年の月次報告書から複写されていた。
請求元は奏太の保守会社ではなく、同名に近い「杣谷設備サポート合同会社」。設立日は十二月二十八日、代表は管理部長の甥だった。振込後、五千万円を管理部長の個人口座へ貸し付ける契約も添付されている。
発注元は、緊急予算を年度内に使う必要があったと弁明した。
「点検は翌月に実施すれば帳尻が合う」
奏太は施設受領印を拡大した。印影の発行部署は「第三運用室」だが、このセンターに第三運用室はない。
「閉じた施設で、存在しない部署が、来月の作業を去年受け取っています」
奏太は四十台のフィルター交換履歴も示した。報告書では全交換となっているが、交換部品の出庫はゼロ。使用済みフィルターの廃棄記録もない。請求書にある部品番号は、メーカーのカタログに存在しない架空番号だった。役務だけでなく、材料まで紙の上で作られていた。
取締役が六千万円の支払印を朱肉から離した。閉鎖日の保守作業は、一台も止めないまま決裁だけを停止させた。