防波堤の毛布

「このままでは凍えますよ」

夜の防波堤で、巡回員らしい男が毛布を掛けてくれた。

家を飛び出し、冷たい雨の中を何時間も歩いた私は、抵抗する力もなかった。白い回転灯の車へ乗せられ、温かい紙コップを渡される。

「保護所まで送ります」

湯気には生姜の匂いがした。紙コップには市の防災標語ではなく、父の葬儀を頼んだ斎場の名が印刷されていた。男は余り物だと笑った。私は礼を言い、両手で包んだ。

車の回転灯は光っているのに、濡れた道路へ色が映らなかった。よく見ると、白いカバーの内側で小さな電球が点いているだけだった。

助手席側のドアには取っ手がない。代わりに丸い穴が二つ残っている。

「古い車でして」

男は穏やかに笑った。制服の肩には巡回員の章があるが、糸の色だけが周囲と違い、急いで別の服から縫い付けたようだった。無線機は警察の周波数ではなく、誰かの携帯電話とつながっている。

私は父の介護をしていた。昼、父が亡くなり、親族は葬儀より先に貸金庫の鍵を探し始めた。父は最期に「誰にも渡すな」とだけ言った。遺言状も金庫にあるらしい。嫌になって家を出た。鍵は父から預かったまま、上着の内ポケットにある。

男が言った。

「大切なものは、濡れる前に預かりましょう」

「何もありません」

「鍵も?」

顔を上げると、男は前を向いたままだった。私は父のことも鍵のことも話していない。

車は市街地へ向かわず、港の倉庫街へ曲がった。紙コップの底に白い粉が沈んでいる。私は飲んだふりをして、毛布へ流した。

眠ったふりをすると、男が電話をかけた。

「見つけました。鍵は本人が持っているようです」

倉庫の中で車が止まり、後部ドアが外から開いた。待っていたのは、昼に私を責めた親族たちだった。

男は偽の回転灯を外し、毛布ごと私の腕を縛る。

「保護所へ行くんじゃ」

伯父が笑った。

「ここがそうだ。金庫を開けるまで、世間からおまえを保護する」

防波堤で掛けられた毛布は、寒さから守るためではなかった。

縄を見えなくするためだった。