雨の日の焼きおにぎり
柚希がコンビニを出ると、雨はさっきより強くなっていた。
傘を差しても、足首に冷たいしぶきが当たる。袋の中には焼きおにぎり二個と、豚汁、ほうじ茶。帰宅まで七分なのに、その七分が長かった。
休日の午後、柚希は美容院へ行く予定だった。二か月前から予約していたが、朝になって外へ出る気力がなく、開始一時間前にキャンセルした。キャンセル料はかからなかった。それでも、担当者に迷惑をかけた気がして、夕方までベッドで予約画面を何度も見ていた。
濡れた靴を玄関に脱ぎ、靴下を洗面台へ投げる。鏡を見ると、前髪は伸びて目にかかっている。切りたかったのは本当だ。きれいになれば気分も変わると思っていた。でも、きれいになるために出かける力がない日もある。
焼きおにぎりをレンジに入れ、豚汁はカップのまま温めた。窓に雨粒が流れ、向かいのマンションの明かりがぼやけている。友人の投稿には、カフェや買い物や展覧会の写真が並んでいた。休日を使いこなしている人ばかりに見える。
柚希はスマートフォンを伏せ、焼きおにぎりに豚汁を少しかけた。表面の醤油がほどけ、米がつゆを吸う。行儀のいい食べ方ではないが、冷えた体にはちょうどよかった。
美容院から「またのご予約をお待ちしております」と自動メールが届く。責める言葉は一つもない。柚希は来週の空き状況を開き、すぐ閉じた。今日決める必要はない。
雨音を聞きながら、二個目のおにぎりも崩す。せっかくの休日を無駄にした、という考えがまだ頭の端にいる。でも、雨の中で夕食を買い、濡れた服を脱ぎ、温かいものを食べている。何もしなかった一日ではなかった。
前髪は来週も伸びている。予約は元気な日に取り直せばいい。
今日は外へ出た七分と、豚汁の湯気だけで、休日にしていいことにした。
空の容器を重ね、柚希は濡れた靴の中へ新聞紙を詰めた。美容院へは行けなかったが、明日の足元を少し乾かすことはできた。大きく立て直さなくても、暮らしはこんな小さな手当てで続いていく。