雪の指紋
犯人は、雪を踏まなかった。
庭は夜明け前の青さに沈み、門から玄関まで白い面が一枚続いていた。枝から落ちる粉雪だけが、その面に小さな穴を開けていた。足跡は、通報した家政婦のものと、最初に入った巡査のものだけ。窓の下に倒れた主人の周囲にも、乱れはない。
私は手袋をはめたまま、雪の縁を歩いた。
「空から来た、とでも?」
若い巡査が冗談めかして言う。
「屋根だ。雨樋を伝い、二階の窓から入った」
私は軒先を指した。屋根には新雪が薄く積もり、端だけが不自然に崩れている。巡査は感心した顔で手帳へ書いた。
遺体には触れず、服の膨らみを観察する。左胸の内ポケットに鍵がある。銀色で、先端が少し曲がった書斎の鍵だ。
「見なくても分かるんですか」
「形で分かる」
答えると、巡査は納得した。私は持ってきた革鞄を足元へ置いた。留め金には、被害者の名字と同じ頭文字が刻まれている。古い型なので、偶然だと思われるだろう。
書斎の扉は内側から施錠されていた。窓も閉まっている。机には飲みかけの酒と、破られた遺言書。私は部屋を一周し、暖炉の灰を指で示した。
「ここにロープを燃やした跡がある。犯人は屋根から降り、犯行後に同じ道を戻った」
「でも、雪に跡がありません」
「夜半までは降っていなかった。犯人が去ったあとに積もったんだ」
説明はきれいにつながった。巡査は私を見る目を、助手が先生を見る目に変えた。
ただ一つ、雪の上に落ちた私の鞄だけが、赤茶色の水をにじませていた。私は足で隠し、鑑識が来る前に中身を回収しようと書斎へ戻る。
門の外で車が止まった。
厚い外套の男が庭へ入り、巡査に身分証を見せた。
「本部の主任です。現場責任者は私ですが――その人は誰だ?」
巡査の顔から尊敬が消えた。
私は走った。革鞄が雪へ倒れ、被害者の鍵と、まだ血の凍った氷錐が転がる。
犯人が雪を踏まなかったのは、屋根から来たからではない。昨夜は雪がなかったからだ。今朝いちばんに現場へ戻った私だけが、それを知っていた。