雪の文字は削除できない

瀬名垣瑠衣は、コメントを消すたびMVの雪が増えることに気づいた。

アニメーション作家の失踪後、制作会社が完成させた冬の新曲。青いコートの少女が夜道を歩き、足跡だけを残す。プレミア公開の監視を任された瑠衣には、「作家の労働環境に触れる投稿は即削除」と指示が出ていた。削除件数に応じて手当が付く契約で、彼女は開始前からショートカットキーへ指を置いていた。

イントロで少女が雪へ指を差し入れた。白い地面に短い文字が浮かぶ。

「消さないで」

瑠衣は演出だと思い、最初の告発コメントを削除した。〈半年間、会社に泊まり込んでいた〉。削除通知が鳴ると、画面に雪片が一つ落ちた。その中心には、制作チャットの小さなスクリーンショットが封じられている。

Aメロで告発が続く。〈倒れても作業させられた〉〈退職届を受け取ってもらえなかった〉。瑠衣が消すたび雪は激しくなり、少女の足跡を埋めた。

少女は立ち止まり、カメラへ手のひらを向ける。

「消さないで」

サビに入ると、吹雪が画面を覆った。雪片を拡大すると、削除されたコメントだけでなく、会社が消した作業履歴、未払い請求、深夜の入退室記録まで入っている。アニメ作家は制作ソフトへ、削除操作を画像としてMVへ戻す仕組みを組み込んでいた。

会社から「映像を切れ」と電話が来た。瑠衣が管理画面を閉じようとした瞬間、少女のコートが風に開く。内側にはスタッフロールが縫い付けられ、失踪した作家の名だけ黒く塗られていた。

最後の一音で雪が止む。少女は黒い部分を指でこすり、下から本名を現した。

「消さないで」

コメントを残してほしいという視聴者への頼みだけではなかった。作品を完成させた一人を、会社の記録と世間の記憶から消すなという要求だった。

瑠衣は削除権限を使い、会社が上書きした匿名クレジットだけを消した。作家の名が画面中央へ戻る。直後、行方不明届を出していた家族から「証拠になる」と連絡が届いた。

雪道の少女は、埋もれていた自分の足跡を逆にたどり、画面の外へ帰っていった。