雪原で溶けた服従印
王都から北砦へ向かう郵便橇には、一体の氷装兵が護衛として積まれていた。
人造騎士クリエル。青白い甲冑は体そのもので、左手の指輪に王軍の所有印が刻まれている。指輪が命令を受けるたび、全身の温度が下がり、痛みも迷いも凍る仕組みだった。
配達人フィアは、封蝋付きの命令書を預かっていた。
《北砦到着後、反乱兵二百名を処刑せよ》
だが雪崩で道を外れ、二人は廃小屋へ避難した。火は消えかけ、クリエルの甲冑には亀裂が走っている。
「指輪へあなたの血を。臨時所有者となれば、私に発熱を命じられます」
彼は平然と言った。
「そうすればあなたは助かるの?」
「私は命令遂行後に再凍結します」
つまり、フィアが暖を取るために彼を燃料へ変えるということだ。
彼女は命令書を火へ入れた。
「配達物を燃やすのは初めて」
「軍法違反です」
「処刑命令を届けるよりまし」
次にクリエルの手を取り、指輪へ小刀を当てる。自分の血を塗って所有印を書き換えれば簡単だった。しかしフィアは、指輪の内側にある命令回路を削り始めた。
吹雪が壁を揺らす。削るほど甲冑から冷気が噴き、彼女の指先が紫になる。
「中止してください。あなたが凍死します」
「それ、命令?」
「……私の希望です」
初めて聞いた希望に、フィアは笑った。
最後の線を削ると指輪が割れ、床へ落ちた。クリエルの所有印は消えたが、体は冷たいままだ。
「自由よ。南へ戻っても、ここにいてもいい」
フィアは残った毛布を彼へ掛け、自分は壁際で丸くなった。
しばらくして、氷の腕が彼女を包んだ。命令による発熱ではない。クリエルは自分の心炉を少しずつ温め、二人分の熱を作っていた。
夜明け、吹雪が止むと彼は一人で雪原へ去った。フィアは徒歩で南へ戻ろうとした。
丘を越えたところで、白い外套が肩へ掛けられる。
戻ってきたクリエルが、割れた指輪を遠くへ投げた。
「北砦への道も、王都への道も見ました」
「どちらへ行くの?」
「あなたが手紙を選べる国まで」
彼は剣を鞘ごとフィアへ預け、空いた左手を差し出した。