雪山のオーナー室

篠宮加代は、家族旅行でも珠希を嫁ではなく世話係として扱った。

行き先は、予約の取れない冬城高原リゾート。加代は息子の将吾と自分には特別室を取り、珠希には「従業員用の簡易室で十分」と言った。予約代は将吾夫婦の共同口座から出しているのに、加代は自分が招待したつもりでいた。珠希が希望を尋ねられても、『嫁に選択肢はいらない』と勝手に電話を切った。

「あなたの実家は山の方らしいわね。雪には慣れているでしょう。荷物も全部お願い」

珠希は大きな鞄を二つ持ち、何も言わずロビーへ入った。

チェックインの列を抜け、加代が最上級会員証を差し出す。だがフロント係は珠希の姿を見るなり、ベルを鳴らした。

支配人やコンシェルジュが集まり、正面玄関の赤い絨毯が外まで延ばされる。雪煙の向こうから一台のヘリコプターが降りてきた。

「珠希!」

降りてきた夫妻に、加代は見覚えがあった。観光業界の特集番組に出演していた冬城リゾートグループの会長夫妻だ。

冬城家は、このスキー場だけでなく、温泉地、山林、鉄道、航空会社まで保有する創業家だった。珠希は唯一の後継者で、幼いころからこの山を自宅の庭のように滑っていた。ロビーの暖炉に掛かる古い写真には、七歳の珠希が開業式のテープを切る姿まで残っていた。

加代は会員証を握り直した。

「珠希さん、どうして黙っていたの。私たち家族なんだから、最初から最高のお部屋を用意してくれれば――」

将吾が遮った。

「母さんが自分で予約したいと言ったんだ。珠希は、母さんの顔を立てて何も言わなかった」

支配人が予約表を示す。

「なお従業員用簡易室への宿泊は、保安上、社員以外には認められません。珠希様にはオーナー棟をご用意しています」

加代が当然のようについて行こうとすると、コンシェルジュが静かに進路を塞いだ。

「オーナー棟は、所有者が招待した方のみ入れます」

珠希は将吾の手を取り、両親の方へ歩いた。

支配人は加代に一般棟のカードキーを返した。

「篠宮加代様のご予約は、相部屋一名、変更不可で承っております」

ヘリの風が止み、オーナー棟の門だけが珠希の指紋で開いた。