雪窓の塩水
吹雪で孤立した山小屋の二〇三号室から、宿泊客の雪村が消えた。扉には内側から横木が掛かり、窓は厚い氷で枠と一体になっている。屋根裏も床下も塞がれ、室内に残された外套から、雪村が軽装で遠くへ行けないことも明らかだった。
手助けを疑われたのは管理人の笹森、登山ガイドの犬飼、医師の大庭。雪村は多額の借金から逃げており、笹森には宿代、犬飼には救助費、大庭には偽名の診断書を頼んでいた。三人は廊下におり、扉を破るまで誰も室内へ入っていない。窓辺には二つの金属コップがあった。一つは水が白く凍り、もう一つには透明な液体が残っている。外では新雪が古い足跡を急速に埋めていた。
元山岳救助隊の岳野は、窓辺以外を調べなかった。
「出口を示す手掛かりは三つです」
一つ目。凍っていない方の液体には強い塩分があり、縁にも白い結晶が付いている。
二つ目。氷で白く固まった窓枠の下辺だけ、コップ一個分の幅でまっすぐ透明な溝が走っている。
三つ目。窓の下へ押し込まれたタオルは、真水で濡れた後に再び凍っていた。
犬飼は氷結した窓を拳でたたき、大庭は軽装での脱出は自殺行為だと断じた。それでも岳野は、現在の窓の硬さと、十数分前に一度開いた可能性を分けて考えた。
笹森は首を振った。
「窓は私たちが見た時、びくともしませんでした」
「その時には、また凍っていたのでしょう」
岳野は塩水のコップを傾けずに持ち上げ、再び窓枠の透明な溝へ視線を戻した。
「雪村さんは一つのコップで濃い塩水を作り、凍った窓枠へ流して一時的に氷を解かした。溝は塩水の通り道、濡れたタオルは室内へ流れた融水を受けた跡です。外へ出た後、気温で枠は再凍結し、最初から閉じていたように見えた。塩水、直線の溝、凍ったタオル。この三点で出口は窓に限られます」岳野は三人の容疑を解いた。二つのコップのうち、片方は窓を開く道具、もう片方は普通の水を凍らせ、窓も最初から凍っていたと思わせる飾りだった。三人の中に共犯者はいない。雪村は吹雪が足跡を消す短い時間まで計算し、自分で密室から退室したのである。