零時前の折り返し地点
二十三時五十分。鷹野誉は東京の川沿いを走りながら、木戸口冴の位置を画面で追っていた。冴は神戸。遠距離になってから毎月一度、同じ時刻に十キロを走り、アプリ上で一つの記録にした。零時までに二人とも完走すれば、連続記録は三十回になる。
誉の右靴には青、冴の右靴には赤の紐が通っている。最初の大会でもらった一組を分けたものだ。結び目がほどけるたび、相手に電話するという馬鹿げた決まりまで作った。冴の赤い紐は一度切れ、誉が神戸まで持っていった糸で縫ってある。アプリの地図では二つの走路を重ねると一匹の魚に見え、冴は毎回、尾の側を選んで走った。
残り二キロで、冴の位置が止まった。
〈先にゴールして〉
続けて〈もう同じコースは走れない〉と届く。
誉は速度を落とした。先週、東京で暮らす話をしたとき、冴は「仕事を辞めてまで行けない」と言った。誉も神戸へ移るとは言わなかった。いつも相手が距離を埋める前提で話し、沈黙だけが残った。
「これが答えかよ」
音声入力で送る。冴から電話が来たが、息が切れていて言葉にならない。
『違う……位置が……更新されてない』
「もういい。連続記録も消す」
誉はペア設定を解除した。画面から冴の赤い線が消え、自分の青い線だけが川を進む。
二十三時五十七分。折り返し地点に誰かが立っていた。赤い靴紐、旅行鞄、汗で額に貼りつく髪。
「神戸じゃなかったのか」
「夕方、東京に着いた。位置情報が前の端末のままだった」
冴は鍵を掲げた。誉の部屋の合鍵だった。三か月前に返すと言って、まだ持っていたもの。
「東京支社へ異動できた。同じコースは走れないって、今日からこっちを走るから」
誉の携帯に、遅れて冴の東京側の走行記録が届く。彼女は反対方向から同じ川を走り、ここまで来ていた。
零時まで一分。ペア設定は解除後二十四時間、戻せない。
「三十回目、途切れたね」と冴が言う。
「俺が切った」
二人の間を夜のランナーが通り過ぎる。誉は謝る代わりに、自分の青い靴紐をほどいた。
零時。記録終了の音が鳴る。彼は青い紐を冴へ渡し、赤い紐を受け取って、来た道を一緒に走り始めた。