零番歯車を抜いた朝

機甲騎士イクセルの背骨には、零番歯車と呼ばれる小さな金属輪が埋め込まれていた。

ほかの歯車すべてを回す、命令専用の輪。

所有者が鍵をひねれば歩き、止めれば呼吸まで止まる。

工房主テオドールは、戦死した公爵の家紋を削り、自分の工房印へ彫り直すよう命じられた。

報酬は機甲騎士そのものだという。

「彼は最新式だ。疲れず、逆らわず、給金もいらない」

役人は鍵を机へ置いた。

「貧乏工房には願ってもない財産だろう」

壁際のイクセルは直立したまま、瞬きすらしない。

だがテオドールが工具を近づけると、鎧の内側で指先だけが震えた。

「零番を外せばどうなる?」

「全機能停止だ。だから上書きしろ」

「試したのか」

「高価な機体で試す馬鹿はいない」

テオドールは鍵を取った。

一度ひねれば、自分の所有印を安全に刻める。

彼は鍵穴へ鍵を差し込み、そのまま横へ強く折った。

鍵の先端が内部で噛み、零番歯車だけを押し出す。

金属輪が床を転がった。

イクセルの全身から駆動音が消える。

役人が悲鳴を上げた。

「壊したな!」

「まだ分からない」

一秒。

二秒。

静寂のあと、命令歯車とは別の場所で小さな鼓動が鳴った。

イクセルが息を吸う。

自分の肺で。

膝をつきかけ、壁に手をつき、それでも命令なしに顔を上げた。

「……動ける」

「零番は動力じゃなかった」

テオドールは笑う。

「君自身の動きを、命令の速度まで遅らせる枷だったんだ」

役人が予備鍵を振る。

「止まれ!」

イクセルは止まらない。

工房の扉を開け、朝の通りへ歩いていった。

テオドールは修理代も報酬も失い、一人で床の歯車を拾う。

昼すぎ、扉の鈴が鳴った。

戻ったイクセルが、二枚の銅貨を机へ置く。

一枚は、自分で売った機甲徽章の代金。

もう一枚は、溶かした零番歯車から鋳たものだった。

「一枚で鎧の整備を。もう一枚で雇用契約の用紙を買いたい」

「行く場所は決めたのか?」

「ああ」

彼は整備予定の石板を取り、誰も触れたことのない主命欄を空白にした。

その下の予定欄へ、自分の手で刻む。

《明朝、テオドールと共に出発する》

零番のない歯車が、初めて彼自身の速さで回り始めた。