青いケーブルを抜く
発射九十秒前、管制卓の青いケーブルが御影朔也の指に触れた。
「温度センサーは凍るものだ。警報を迂回しろ」
主任の声も、宇宙船《明星》の震動も、前の人生と同じだった。
朔也は命令どおり青いケーブルを抜き、燃料タンクの警報を無効化した。発射十六秒後、低温で脆くなった接合部が破裂。宇宙飛行士三人と地上班二十六人が炎に消えた。
事故後、主任は「若手が独断で迂回した」と証言した。朔也の机から命令書は消え、残ったのは彼の指紋が付いた青いケーブルだけだった。
時間が戻ったのは、また発射九十秒前。
朔也はケーブルを抜かず、透明カバーの上から非常中止ボタンを押した。
《自動打上げ停止》
管制室に警報が響く。
「何をした、御影!」
「警報を迂回しません。燃料を緊急排出します」
「霜が誤反応させているだけだ!」
「では主任名義で、正常だと記録してください」
朔也は記録マイクを主任へ向けた。主任の口が閉じる。前の人生では聞き逃した沈黙だった。
船内の飛行士から通信が入る。
『地上、理由を説明してくれ』
「第二接合部の温度差が規定の四倍です。脱出してください」
主任が通信を切ろうとした。朔也はその手を払い、燃料排出弁を開く。白い蒸気が発射台脇の回収槽へ流れ始めた。
残り四十三秒。
機体下部から、硬いものが砕ける音がした。氷に覆われた接合部が裂け、燃料が噴き出す。しかし主タンクは既に減圧され、噴流は防爆槽へ吸い込まれた。点火装置も停止している。
もし発射していれば、前と同じ空だった。
主任の端末から、改竄済みの点検データが自動抽出される。警報を止めようとした操作が、逆に監査ログを開いたのだ。
発射予定時刻。前の人生では通信が一斉に途絶えた。
今度は宇宙飛行士の声が届く。
『全員、脱出塔へ移動完了。御影、止めてくれてありがとう』
大型表示板の《打上げ失敗》予定欄が消え、新しい文字へ変わった。
《事故回避。全乗員・全地上員、生存》
その下に、朔也が知らない未来の予定が点灯する。
《再打上げ安全責任者――御影朔也》