青い火花を止めた手

雨は止んだ。だから鉄骨の溶接を再開できる、と誰もが思っていた。

午前零時、早瀬希沙に渡された依頼は、朝の検査までに梁の継ぎ目を一本仕上げることだった。作業員が開先へトーチを向け、青い火花が散る。

希沙は一層目の途中で手を上げた。

「止めてください」

「表面は乾かしたぞ」

鉄板に水滴はない。けれど希沙が白いチョークで線を引くと、線の縁がすぐ濃くなった。冷えた鋼材へ湿った空気が触れ、目に見えない薄い結露が戻っている。

そのまま溶接すれば、内部へ水分由来の水素が入り、冷えてから割れることがある。今夜はきれいに見えても、亀裂は作業員が帰った後に育つ。

「予熱をやり直します。端からではなく、周囲を先に温める」

予定では継ぎ目だけを加熱するはずだった。希沙は梁の両側まで範囲を広げ、温度が均一になるまで待った。一層目の途中まで進んだ部分は削り落とす。職長の顔が歪んだ。

「検査に間に合わないぞ」

「このままなら、検査で見つからないほうが困ります」

午前二時半、再開。今度はチョークの色が変わらない。希沙は溶接の順番も左右交互にし、一方へ熱が偏らないようにした。

仕上がったのは午前四時四十分。表面は滑らかだったが、希沙は見た目で終わらせず、冷却後の超音波探傷を依頼した。

検査員が画面を見て頷く。削り落とした古い部分には小さな反応があり、やり直した部分にはない。

職長は床に置かれた欠片を見た。

「本当に割れかけてたのか」

希沙は答えず、欠片の端をライトへかざした。髪の毛ほどの黒い線が走っていた。

削り落とした部分は廃材箱へ入れず、時刻を書いて検査員の横へ置いた。失敗した痕跡を急いで捨てると、原因まで一緒に失われる。やり直しは、消す作業ではなかった。

希沙は温度の記録も、欠片と同じ袋へ残した。

次の班が触る前に、原因とやり直した範囲も白板へ書いた。

朝礼の声が下の階から上がってくる。検査員は次の梁へ機械を運んだ。そこにも、昨夜の雨が乾いたように見える鋼板が待っていた。