面接用の嘘
〈土曜学習室・四年〉
参加者:樋口史弥、猪瀬美琴、川名颯介
21:10 史弥
卒業前に一個だけ告白。銀行の面接で「子どもの夢を金融で支えたい」って言った。
21:11 美琴
私たちのボランティア教室を使ったの?
21:12 史弥
使った。ほんとは給料と社宅で選んだ。
三人は、生活困窮家庭の中学生へ勉強を教えてきた。就活では、その経験が「社会課題への関心」と「継続力」に変換された。
21:15 美琴
じゃあ私も。教員採用の面接で「どんな家庭環境の子も見捨てません」って言った。でも地元の自治体だけ受けた。母の介護で離れられないから。
21:17 颯介
それは嘘じゃないだろ。
21:18 美琴
見捨てない範囲を、最初から市境で区切った。
21:22 史弥
颯介は院進だよな。
21:25 颯介
就職、全部落ちた。研究を続けたいは面接用じゃなく、親用の嘘。
既読が二つついたまま、返事が来ない。
21:31 颯介
でも教育政策は研究する。教室で見たことを、数字にしたい。
21:33 美琴
数字にしたら、あの子たち助かる?
21:35 颯介
銀行よりは、って言ったら史弥を傷つけるな。
21:36 史弥
もう傷ついたから大丈夫。
史弥は笑う絵文字をつけた。美琴も同じ絵文字を押した。颯介だけは反応しなかった。
22:02 史弥
このグループ、どうする? 後輩に渡す?
22:05 美琴
個人情報あるから削除。
22:06 颯介
四年間も?
22:08 美琴
面接では「かけがえのない経験」って言ったけど、保存期限は卒業まで。
22:10 史弥
最後まで面接用みたいだな。
三人は、担当していた生徒の進学先を確認した。志望校へ受かった子、働くことにした子、連絡が途切れた子。どの結果にも、三人の名前は残らない。
22:21 樋口史弥さんが退出しました。
22:24 猪瀬美琴さんが退出しました。
颯介は削除ボタンを押せずにいた。
翌朝九時、予約済みの通知が届く。
09:00 土曜学習室ボット
本日の担当者は三名です。欠席の場合は代わりを見つけてください。
参加者一名の画面で、「三名」という文字だけが訂正されないまま残った。