靴だけの予知夢

診療所の受付係は、夜になると一足の靴を夢に見た。

翌日、「私は大丈夫です」と言った直後に倒れそうになる人の靴だった。

顔も声も分からない。

床に置かれた靴だけが、暗い夢の中へ浮かぶ。

黒い革靴。

子どもの上履き。

擦り減った運動靴。

受付係は翌日、その靴を探した。

水を渡し、椅子を勧め、医師へ早めに伝える。

大事には至らず、夢のことを知る人はいない。

ある夜、夢に古い茶色の靴が現れた。

翌朝、同じ靴を履いた女性が、高齢の父親を連れてきた。

問診票を書き、車椅子を押し、薬の説明を何度も確認している。

「少し休みませんか」

受付係が声をかけると、

「私は大丈夫です」

女性は笑った。

予知どおりだった。

受付係は椅子を出した。

女性は断り、父親の診察室へ向かおうとした。

その場で倒れはしなかった。

代わりに廊下の壁へ手をつき、ゆっくりしゃがんだ。

空腹と睡眠不足だった。

父親の介護で朝から何も食べていない。

自分が患者ではないから、診療所で弱音を吐いてはいけないと思っていたという。

受付係は医師へ頼み、女性も診てもらった。

父親は診察室から出ると、

「私より先に倒れるな」

と怒った。

女性は初めて、父親の前で泣いた。

その日から受付係は、付き添いの人にも問うようになった。

「あなたは食べましたか」

「眠れていますか」

「今日は座れますか」

夢に出ない靴の人もいる。

倒れなくても、限界に近い人はいた。

数か月後、受付係自身が忙しい朝にふらついた。

同僚から休むよう言われ、

「私は大丈夫です」

と言いかけた。

昨夜の夢には、見慣れた白い靴が出ていた。

受付で毎日履く、自分の靴だった。

受付係は言い直した。

「十分、座らせてください」

診療所は少し混んだ。

同僚が受付を代わり、患者たちは待った。

誰も倒れず、一日は終わった。

靴の夢は今も続く。

受付係は予知を、人を救う特別な力とは思わない。

「大丈夫」という言葉の下に体重を預けられない足があると、朝のうちに思い出すための夢だった。