靴箱に届かなかった手紙

取り壊し前の校舎で開かれた同窓会で、志帆は古い封筒を受け取った。

昇降口の靴箱を整理した職員が、奥に挟まっていたものを見つけたという。表には「琴葉へ」。差出人は、十七歳の志帆だった。

二人は卒業前に絶交した。琴葉が県外の大学への推薦を辞退し、志帆と同じ地元の短大へ行くと言い出したからだ。志帆は「同情で残らないで」と責め、琴葉は「自意識過剰」と返した。

その夜、志帆は手紙を書いた。翌朝、琴葉の靴箱へ入れたつもりだった。返事はなく、卒業式でも目を合わせなかった。結局琴葉は推薦を受け直し、遠い町へ行った。

封を開くと、便箋には謝罪ではなく、こう書いてあった。

『私のために残らないで。置いていかれるのが怖いけど、その怖さまで琴葉に持たせたくない』

十年のあいだ、志帆は自分が怒りだけをぶつけたと思っていた。伝えたかった言葉は、薄い靴箱の隙間で止まっていた。

会場の端で、琴葉は海外赴任の写真を囲まれていた。昔より短い髪で、知らない笑い方をしている。志帆は封筒を握り、渡せばすべて直るような期待を抱いた。

けれど手紙は十七歳の自分を説明するもので、今の琴葉に返事を求める通行証ではない。

志帆は近づき、「これ、届いてなかった」とだけ言って封筒を差し出した。

琴葉は宛名を見て、すぐには開けなかった。「今読んだ方がいい?」

「読まなくてもいい。代わりに、今の住所を教えて」

琴葉はしばらく志帆を見てから、名刺の裏に住所を書いた。二人は昔の続きを始めなかった。仕事の話を少しし、次の乾杯で別々の輪へ戻った。

翌週、志帆は新しい便箋を買った。過去の手紙を写さず、近況と、あのとき怖かったことを書いた。最後に「返事は急がなくていい」と添える。

封筒へ返信用の切手は入れなかった。

投函口の奥で便箋が滑る音を、志帆は最後まで聞いた。

今度は靴箱ではなく、琴葉が自分で選んだ町の住所へ投函した。届くことと、戻ってくることは、別の願いだと知っていた。