靴箱の最上段
槙の靴箱の最上段には、元恋人の革靴が二足残っていた。
高価だから捨てるな、近いうちに取りに行く。そう連絡が来てから三週間、日程は決まらない。
学生時代の陸上部で競い合った寧々は、「期限を切って送ればいい」と言った。
「会って渡したほうが早い」
「三週間待って早い?」
「最後くらい顔を見たいかもしれない」
「見て何を確認するの」
「分からないから会うんでしょ」
二人は昔から、槙が迷い、寧々が先に走る。今もその差は縮まらない。
寧々は宅配用の箱を組み、槙は革靴の埃を落とした。磨く必要はないと寧々は言ったが、槙は借りた靴べらまで布で拭いた。
箱の隙間へ、元恋人からもらったランニングシューズを入れようとして、寧々が止めた。
「それは槙のサイズ」
「見ると一緒に走ったのを思い出す」
「靴は走ってないと傷む」
「物に運動を勧めないで」
「槙に言ってる」
槙はシューズを箱から出した。代わりに丸めた紙を詰め、集荷期限を今日の十九時に設定する。元恋人へ「受け取りがなければ着払いで送ります」と書くと、すぐに「今夜行ける」と返ってきた。
指が止まった。
寧々は返事を急かさず、靴箱の最上段を雑巾で拭いた。槙は画面を見たまま、彼が来れば話せることを考えた。謝るかもしれない。やり直したいと言うかもしれない。何も言わないかもしれない。
どれも、自分の部屋へ入れる理由にはならなかった。
槙は「発送します」と送り、玄関の外へ箱を出した。
十九時、配達員が箱を抱える。槙が伝票を渡し、寧々がオートロックを開けた。二人で同じドアを押さえ、荷物が通るのを待った。
配達員の端末に署名したあと、槙は追跡番号の写真を撮った。寧々は原本を捨てず、靴箱の内側へテープで留めた。
空いた最上段から、槙はランニングシューズを下ろした。
「走らないよ」
「私も今日は走らない」
「珍しい」
「歩く。速さ合わせるの嫌だから、別々のペースで」
二人は靴ひもを結び、同じ玄関から外へ出た。
角を曲がるまで並び、その先でそれぞれの歩幅になった。