鞘に戻すまで

「隊長、もう鞘へ」

ブランザは首を振った。

城壁の外では、敗走する敵の角笛が遠ざかっている。戦いは勝った。だが味方の半数は歩けず、崩れた門の向こうから夜の獣が集まり始めていた。

彼女の剣《身代わり》は、抜かれている間、周囲の仲間が受ける傷を刃の中へ移す。矢も毒も骨折も、負傷者から消える。ただし鞘へ戻した瞬間、蓄えたすべての傷が使い手へ返る。

副官の腹に開いていた穴は閉じた。少年兵の折れた脚も立てるようになった。代わりに剣身には赤い亀裂が増えている。傷が一つ移るたび剣は重くなった。肉の痛みではなく、返す時刻を知っている重さだった。ブランザの腕には、まだ何一つ傷がない。その無傷こそが、猶予の残酷な証拠だった。

「全員、内門まで走れ」

ブランザは剣を掲げたまま最後尾についた。

夜の獣が一人へ飛びかかるたび、牙の跡が兵の首から消え、刃に黒い染みが咲く。毒矢を受けた者は咳を止め、剣だけが緑の煙を吐いた。

「隊長も来てください」

「剣を持つ者が先に入れば、範囲から外れる」

彼女は淡々と答えた。手は震えていた。重さではない。鞘が腰で待っていることを知っているからだ。

最後の兵が内門をくぐる。巻き上げ鎖が軋み、鉄扉が落ち始めた。

ブランザも滑り込む。背後で獣の爪が閉じる門を叩いた。

歓声が上がった。

副官が笑いながら近づく。

「勝ちました。もう大丈夫です」

ブランザは城内を見回した。立っている者、泣いて抱き合う者、失ったはずの腕を確かめる者。剣には百を超える傷が詰まっていた。

「点呼を」

全員の名が呼ばれ、全員が返事をした。

それを聞いてから、彼女はようやく笑った。

「なら、返してもらおう」

剣を鞘へ収める。

乾いた音が一つした。

次の瞬間、ブランザの鎧に無数の穴が開いた。肩が外れ、脚が折れ、腹と胸から同時に血が噴く。毒の色が唇へ広がり、見えない牙が喉を裂いた。

副官が抱き止めるころには、彼女の身体は一人分の形を保てなかった。

それでも内門の向こうでは、全員の返事がまだ響いていた。

鞘の中の剣だけが、傷一つない銀色へ戻っていた。