音だけの英雄

《録音士》? 祭りの呼び込みにでもなれ」

魔導技師長キルヘルトは、トビアの水晶玉から再生された鐘の音を聞き流した。

【技能:十秒以内の音を一つ保存し、同じ音量で一度だけ再生する】

声真似にもならない。歌を保存しても一回きり。戦闘職の卒業試験で、最下位の烙印を押された。

試験会場には、帝国から貸与された古代守護兵が立っていた。三丈の青銅巨人で、皇族の命令声にだけ従う。式典の開始時、皇女ネフィリアは安全確認のため三つの命令を読み上げた。

「起動。前進。停止」

トビアは、最後の一語だけを保存した。

その直後、観客席の下で爆発が起きた。反乱派の魔術師が制御冠を壊し、守護兵が暴走する。皇女は崩れた梁の下敷きになり、声を出せない。青銅巨人は観客へ向けて槍を構えた。

技師長が解除呪文を唱えても反応しない。皇族の声でなければ、命令として認識されないのだ。

「皇女殿下を助け出せ!」

「間に合いません!」

守護兵の足が一歩進むたび、石床が陥没した。逃げ遅れた子供を母親が覆い、技師たちは制御盤の前で祈るだけになった。保存できる音は一つ、再生も一度。外せば次はない。

トビアは巨人の正面へ走った。

前世で音響編集をしていた彼には分かる。技能は言葉を真似るのではない。声帯の癖も、息の擦れも、会場の反響も含めて、同じ音をそのまま戻す。

槍が振り下ろされる。

トビアは保存していた一語を解放した。

「停止」

皇女の声が、まったく同じ高さ、同じ震えで響いた。

槍先が彼の額、一寸手前で止まる。青銅巨人は跪き、制御冠の光を消した。

瓦礫から救い出された皇女は、担架の上でトビアを呼んだ。喉を傷め、囁き声しか出ない。

「私の声を、盗んだのですね」

「一度だけ、お借りしました」

技師長が割り込み、言い訳を始める。

「殿下、これは偶然で――」

皇女は指を上げて黙らせた。そして自分の首から、皇族専属技師の銀鍵を外す。

「命令は、届かなければ存在しないのと同じです」

銀鍵がトビアの手に置かれた。

「音を運べる者を無能と呼ぶ宮廷より、あなたの方がよほど信用できます。明日から、私の声を預かりなさい」