首輪から飼い主へ
動物病院チェーンの診療データ提供会議で、百目鬼琉生は電子カルテ保守会社の新人として、匿名化項目を説明する役を任された。買い手はペット保険比較会社。犬猫一万五千頭の疾病傾向を、保険商品の設計に使うという。
病院側は、飼い主情報を除き、動物の種類と病歴だけを提供すると説明した。契約料は九千万円だった。
琉生はサンプルの「動物ID」を見た。十一桁の数字が並んでいる。
「マイクロチップ番号は十五桁です」
十一桁は飼い主の携帯番号からハイフンを取ったものだった。動物IDではない。さらに住所、飼い主姓、来院時刻、保険請求歴まで残っている。
病院の事務長は、電話番号だけでは本人確認できないと答えた。
買い手の比較サイトには、見積依頼時に電話番号を入力する。琉生がテスト用番号を照合すると、同じ利用者の氏名と住所が表示された。診療データと見積会員を結べば、どの病気を持つペットの飼い主か分かる。
契約書では「既往症に基づく個別勧誘や保険料調整へ使用しない」とある。ところが買い手の企画書には「高額治療予備群へ早期乗換え提案」と書かれ、事務長の確認印が押されていた。
一件のカルテには「飼い主へは悪性の可能性を未説明」とある。診断を聞く前に、保険会社から広告が届く可能性すらあった。
事務長は、売却益で診療機器を買えると訴えた。
「動物の命のためだ」
琉生は首輪に付ける診察券を机へ置いた。
「首輪の番号を追って、飼い主の生活まで売る契約ではありません」
買い手の試算表では、特定の慢性病を持つ動物の飼い主へ、次回更新時に保険料を一・六倍にする案が作られていた。病院側は商品設計用と言ったが、個別電話番号まで付いた時点で一般統計ではない。琉生は、診察室で預かった不安が保険料へ変換されていると告げた。
病院長が九千万円の承認書を閉じた。十五桁であるはずの動物IDは、十一桁の電話番号のまま決裁欄を通れなかった。