黒い画面の観客

蓬莱美弦の端末では、画面の明るさをゼロにした深夜だけ、その曲が再生できた。

少しでも照明があると「観客が多すぎます」と出て停止する。午前一時、カーテンを閉め、黒い画面へ触れると、カメラのシャッター音を刻んだイントロが始まった。

「見ていないよ」

三年前、同級生は顔を出さない歌配信をしていた。クラスでは「気味が悪い」と笑われ、配信中に住所を特定されてから学校へ来なくなった。美弦は何も書き込んでいない。ただ、匿名の視聴者として毎晩見ていただけだ。彼女が消えたあとも、録画を再生しては、自分だけは傍観者だったと言い聞かせた。笑わなかった夜だけを選んで記憶していた。

Aメロで、黒い画面に赤外線の粒が浮いた。目には見えないが、フロントカメラは暗室の美弦を映している。曲のビジュアライザーは、過去の配信を見ていた端末の反射を一つずつ集め、観客の顔を白い輪郭で並べた。

「見ていないよ」

二度目の声を、美弦は同級生の優しい否定だと思った。誰が見ていても気にしない、責めない、と。だがサビに入ると、観客の輪郭へコメントが結びついた。笑う絵文字、声の真似、住所の候補。美弦の顔にも一本の線が伸びる。

〈配信を学校の大型画面へ転送〉

忘れていた。直接悪口を書かなかっただけだ。同級生の配信を文化祭準備中の教室へ映し、みんなの笑い声を楽しんだのは美弦だった。画面を切らず、彼女が泣くところまで見せた。その録画が切り抜かれ、晒しの起点になった。

最後の一音で、端末の明るさが最大になった。暗闇に慣れた美弦の顔が白く照らされ、現在の映像と三年前の反射像が重なる。曲は自動的に同窓会の共有画面へ送信されていた。視聴者数が、無音のまま一人ずつ増える。

スピーカーから、美弦自身の三年前の声が流れた。教室で笑いながら発した否定だった。

「見ていないよ」

同級生が美弦を許す言葉ではない。誰にも見られていないと思い、他人の痛みを見世物にした美弦の嘘だった。