『存在しない試験日』
錦見岳は資格証明書を机の中央へ滑らせた。
「上級設備診断士、一昨年取得です。前職ではこの資格を生かし、保全責任者を務めました」
面接官の波多野榧は、証明書の日付を見た。九月十八日。大型台風で交通機関が止まり、試験が中止になった日だった。
「この日は、どの会場で受験を?」
「北都工業大学です」
「中止の連絡は来ませんでしたか」
「私の組だけ特別にオンラインへ切り替わりました」
役員が感心したように証明書の透かしを眺める。採用されれば法定点検の責任者になる予定で、資格手当の決裁書まで用意されていた。番号は公式形式で、認定団体の印影もある。
波多野は試験実施記録を開いた。彼女は当時、北都会場の主任試験官だった。中止決定後、答案用紙を封印し、受験者全員へ翌月の振替通知を送っている。オンライン試験は一人も行われていない。この事実は不正対策のため公表されず、会場責任者しか知らなかった。
「私は振替日に受けたのかもしれません」
錦見は慌てて、そう言い直した。
「証明書の日付だけ、元の予定日になったのでしょう」
波多野は認定団体の受験者ポータル履歴を映した。錦見のIDで振替通知が開かれたのは、試験翌月の二十日。だが受験申込はその三か月後で、初級試験に一度申し込んだだけだった。
次に、提出されたPDFのプロパティを開く。作成者は錦見本人。作成時刻は面接の前夜二十三時四十分。さらに前職のプリンター履歴には、退職直前に本物の資格証をカラーコピーした記録があり、所有者は同僚の名だった。
「同僚に作ってもらいました」
「今度は、偽造の共犯者を作るんですか」
錦見の指が、証明書の端を強くつかんだ。
波多野はそれを静かに押さえ、返さなかった。証拠として認定団体へ送るためだった。
「この日、試験会場にいたのは受験者ではなく、封印作業をした私です」
役員が採用予定印を外す音だけがした。