「またね」は夏休みより長い

終業式の朝、千木良由鶴が九月にはいないことを知っていたのは、私と担任だけだった。父親の仕事で海外へ行くことが急に決まり、本人の希望でクラスにはまだ言わないことになっていた。

「大げさな送別会、苦手だから」

由鶴はそう言った。けれど教室では、みんなが当たり前のように夏休みの約束をする。

「九月に日焼け比べしよう」

「文化祭の台本、休み中に考えとけよ」

「宿題写させて」

由鶴は全部に「うん」と答えた。嘘をつくのが下手なくせに、誰も気づかなかった。

最後のホームルームが終わり、教室の黒板に誰かが『よい夏休みを』と書いた。写真を撮り、机を蹴り、みんなが次々に帰っていく。由鶴もいつもの鞄を肩にかけた。転校する人の荷物には見えなかった。

校門まで一緒に歩く。

「言わなくていいの?」

「うん」

「後で怒られるよ」

「海の向こうなら聞こえない」

笑う声が少し震えた。

門の前では、クラスの数人がまだ写真を撮っていた。私たちも呼ばれ、肩を寄せる。由鶴は真ん中で笑った。シャッターが切られる直前、私は彼女の袖をつかんだ。

この一枚だけが、みんなにとっては夏休み前の写真で、私たちにとっては最後の写真になる。

撮影が終わると、由鶴は手を振った。

「じゃあ、またね」

みんなも「また九月」と返す。私は何も言えなかった。

由鶴が坂を下り、角を曲がる直前に振り返った。誰も見ていないと思ったのか、泣きそうな顔をしていた。私は校門から飛び出し、名前を呼んだ。

「またね!」

由鶴は一度だけ頷き、今度は振り返らなかった。

八月、彼女から空港、雲、知らない町の写真が届いた。クラスのグループには、担任から転校の知らせが流れ、怒る者も泣く者もいた。けれど写真の最後には、必ず『またね』と書かれていた。

九月になっても、冬になっても、卒業しても。

『またね』は約束ではなかった。次に会える保証もない。ただ、別れをそこで終わらせないための、細い糸だった。

あの夏休みよりずっと長く、私たちはその二文字を送り合った。