「了解」を使わない日
珠季の家族グループには、母から命令形の予定が届く。
母 日曜は十一時に集合
母 伯母さんへ菓子折りを買って
母 黒いワンピースで来て
珠季はいつも「了解」と返した。行けない日も、着たくない服も、とりあえず了解。断る文章を考えているうちに、母は手配を進め、了解は承諾に変わった。
今夜は一人分のうどんを食べている。湯気の向こうでまた通知が鳴った。
母 日曜、あなたが車を出して
珠季は指を「了解」の二文字まで動かし、消した。
珠季 日曜は参加しません
送った直後、電話が来る。
「どういうこと?」
「書いた通り」
「伯母さんが楽しみにしてるのよ」
「私は行かない」
「じゃあ車は?」
「出さない」
母の声が高くなる。「急に反抗しないで。今までちゃんと了解って言ってたでしょう」
実家のクローゼットには、母が選んだ黒いワンピースがまだ掛かっている。法事でも食事会でも、珠季はそれを着れば間違えないと言われた。間違えない代わりに、自分で選ぶ機会もなかった。
「了解は、納得って意味で使ってなかった。怒られないために押してた」
「そんなの、後から言われても困る」
「これからは、できるときだけ『行く』って言う。分からないときは『考える』。できないときは『行かない』」
母は「家族にいちいち面倒」と言った。珠季はうどんの火を止め忘れていたことに気づき、鍋を流しへ移す。麺は少し伸びている。
「面倒でも、返事は私のものだから」
通話を終えると、家族グループに父から「車は自分が出す」と入り、母からは何も来なかった。
珠季は固定されていた「了解」の予測変換を削除した。代わりに「今回は行きません」を辞書登録する。毎回勇気を絞り出さなくても押せるように。
うどんをすすっていると、母から一言だけ届いた。
母 わかりました
珠季はその文にも「了解」とは返さなかった。画面の下には、癖になった二文字が返信候補としてまだ表示されている。珠季は候補を横へ払い、「読みました」とも打たず、既読だけをつけた。伸びた麺を最後まで食べた。